第四話 『ゴブ田vsゴブ蔵』
アルフと共に研究を開始してから、早くも一週間が経過しようとしていた。
しかし、成果は一向に表れない。
何度試みても、外見を変化させるスキルを発動させることはできなかったのだ。
三日目くらいには、詠唱に無関係と思われる言葉を口にして、どうにか発動を引き起こそうと躍起になっていた。
「オシリマルダシ」とか、
「ルクセリオノアホ」
といった関係のなさそうな言葉をアルフに言わせられているが、絶対に俺のことをおちょくっているだけだと思う。
アルフは、「実験のためなんだ」とか言うが、どうもその言葉が信じられない。
六日目になると、流石にやり方を少し変えてみた。
外見変化の対象の特徴を口にして詠唱すればいいのではとアルフが閃いたので、外見の特徴があまりなさそうなゴブリンに外見変化するための詠唱を考えているところだ。
「ゴブリンになーれっ!」
……と言ってもなるわけがない。
「チチンプイプイ、ゴブリン!!」
もちろんこれも失敗だ。
◇◇◇
俺はこの一週間、アルフとの実験以外に自力で《外見変化》スキルを発動させようと努力をしている。
住まわせてもらっているワイナレット家の一室に全身が映るほどの縦長の鏡を置いて、それを使って練習する。
アルフとは詠唱の実験をしているが、俺はなんとなく、それではあの希少スキルを使うことができない気がする。
ゴブリンを演じていれば、いつの間にかゴブリンに変身しているのでは? とアルフとは違い、考えられた形跡のないようなアイデアを俺は思いついた。
(《天才》スキル、習得してもいいと思うんだが?」
「オラはゴブ田だべ〜。オラは強いんだべ〜」
「オラはゴブ蔵だっちゃん。オラも強いどー」
*全ての声はルクセリオが担当している*
鏡を見るが、どうも見た目に変化が起きているようには見えない。
「なんだべ! コラぁ!」
「おまえこそ、なんだっちゃん!
ゴブ子は渡さないどー!」
「きゃあー! アタチで喧嘩しないでっ、ゴブ田、ゴブ蔵!」
張り切ってしまっていた。
「ゴブ蔵! おまえには負けんだべなぁ! ゴブ子はオラのもんだべ!」
「オラこそ、ゴブ子のためだったらなんだってするど!」
「きゃっ! 二人とも、、」
楽しくなっていた。
彼女に声を掛けられるまで。
「――何してるんですか……」
「誰だっ! ゴブ蔵の他にもゴブ子を狙うライバルがっ!?……って、え?」
渾身のゴブリン演技に没頭していて、ユリシアが部屋にいることに気がつけなかった。
彼女がいつから見ていたのかも分からない。
考えたくなかった。
「あ……これは〜、実験のためなんだっ」
慌ててそう言ったが、言い訳になっているのかもわからない。
途中から役に入りすぎて、実験のことを忘れていたなんて恥ずかしくて言えない。
視線を左右に彷徨わせつつ、ユリシアの顔色を窺おうとした。
「……そうですか。お邪魔をしてしまい、申し訳ありませんでした」
「いやいや! それで、ユリシアはどうしたの?」
(やはり彼女は優しい)
「ユーリアが眠れないと仰っていたので、実験を少し静かに進めていただけるよう、お伺いさせていただきました」
「あー! ごめん、ごめん! ちょっと盛り上がっちゃってさ」
「そうみたいでしたね。ゴブ子は人気者そうで大変でしたね」
「え……?」
彼女はどこか俺をからかうような口調でそう言い、少しだけ愛嬌のある笑みを浮かべた。
彼女との間には、おぼつかないが心の橋が架かったような気がした。
ユリシアは優しい。
やはりしっかりと教育を受けているからなのか、俺が意識を取り戻したときから彼女が俺に対して警戒心を抱いているように感じた。
今までの冷淡さから、警戒心がほんのわずかに和らいだに過ぎなかった。
それでも、俺はそれを好意の兆しと捉えてしまった。
《勘違いスキル…………習得しました》
(間接的に否定しないでくれるか!?
心なしか、「習得しました」までの沈黙が余計に長かった気がするんだが……
もしや、《ガイド》までもが俺を引いているのか)
「《ガイド》、マナーモード!…………」
(何も起きないということは黙ってくれたということか)
「ん? どうしたんですか、ルクセリオさん?」
「ああ、気にしないで。こっちの話だから」
ユリシアは不思議そうな顔で俺のことを見た。
心なしか、彼女の声に信頼という言葉が見えた。
ゴブリンの演技が功を奏したわけか。
彼女の内なる緊張が解けるのが目に見えた。
彼女は俺のことを確実に意識しているはずだ。
何しろ、俺の本質はあの中沢煌そのものであり、どうしても人の心を惹きつけてしまう運命にあるのだ。
《違います》
クッ!
今、何者かが俺に、違いますと言った気がするが、気のせいだ。
俺は自信に満ち溢れた異世界転生者なのだから!
《性格: 内気→自信家……シフトチェンジしました》
ユリシアのことをじっと見て、決心を決めた。
「やっぱり、好きかもしれない」
「え、なんですか急に」
「目覚めた時は、全てを失ったように感じていたけれど、君がそばにいてくれたおかげで、本当に良かったと思う」
「それはよかったです」
なんだか、俺の甘い言葉攻めが効いていないような気がした。
俺は一歩一歩と彼女に迫り、彼女の両手を掴んだ。
「な、何するんですか!」
「目を閉じてごらん、ユリシア」
「え……」
なぜだかすんなりと彼女は目を閉じた。
恐怖に怯えていたのかもしれない。
彼女の腰に手を回す。
その手を彼女はすぐに振り解く。
「ご、ごめん」
落ち着け。
急がなくてもいいだろ。
全くお前らしくない。
キョドッて、謝るなんてらしくない。
気持ちを落ち着かせるんだ。
そして思い出せ。
いつも通りにやればいいだけだ。
さっきみたいにゴブリンの演技をやっているのとは訳が違う。
俺は中沢煌なのだから。
「キャッ!」
俺は彼女をベッドに押し倒し、その時、彼女は艶めかしくも品のある声でそう言った。
彼女は目をわずかに開け、俺の顔を見た瞬間、頬をほんのりと赤らめた。
そんな彼女の反応に、俺は内心の喜びを感じ、自信を深めた。
「キス……してもいいかな」
と彼女の耳元で囁く。
これまでの否定的なユリシアの答えはわかりきっていた。
首を横に振って、俺を押し退ける。
そして、彼女が部屋を出ようとした時に、俺は反省した顔で彼女の手首を軽く掴む。
「ごめん」と一言言っただけで、その強引さと、実は大人しいんだよというギャップに、今までどれほどの女が落ちたか。
レイレイもそのようにして落ちた。
しかし、ユリシアから返ってきた返答には、少し驚きを覚えた。
されるがままにベッドに押し倒された後、顔を赤くしてこちらを照れる様子で見るなり、コクっと小さく頷いたのだ。
今までの反応とは真反対で流石に俺でも驚きを隠せなかった。
いや、戸惑うな。
彼女は俺に抱かれることを覚悟したのだ。
俺が日和っていてどうする。
「えらい、えらい」
そう言葉を発した瞬間に、確かな違和感が走った。
違和感の起点は、俺の声だ。
そしてベッドの傍らに置かれていた外見変化スキル練習用の鏡に自分の姿を目視した。
久しい姿だ。
やはり、イケメンだ。
ざっと二週間ぶりだろうか。
俺は中沢煌の姿に戻っていた。
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