第二章 居候編

第三話 『無知は成長』


 俺はワイナレット家に居候することになった。

 帰る家がなく、これからの行く先も決まっていないからだ。

 そのため、この一家は快く俺を受け入れてくれた。

 優しい家族に助けられるのは、異世界転生特典とでも言うべきなのだろうか。


 そして、新たな世界に生まれ変わって以来、心の中には一つの疑問が常に残っている。

 時折、無機質な機械のような声が俺の脳内に直接響き渡るのを感じる。

 これは転生時に生じた何らかの副作用なのかもしれない。

 

 なろう系のラノベはいくつか読んだことはあるし、俳優としても異世界転生作品の実写版で主演もした。

 だからこそ、この展開がある程度、見当がついていた。

 要するに、この機械的な声は異世界転生者のみに与えられるアシスト機能であり、それによって俺はこの世界で無双する運命にあるのだ。

 つまりは、どの世界線でも結局は俺は無双するようになっている。

 全く、困ったものだ……ZE!

 

「あー、《ガイド》のことですか?

普通にありますが……?」

「やっぱりそうか、ユーリア。

俺は特別な存在なのか……ってあんのかいっ!」


 浮かれ気分も束の間、機会的な声の存在をユーリアに尋ねると、この声はごく普通のことなのだと知らされた。

 

「はい、特別なものではありませんよ。

ただ、習得できるスキルは人によって個人差がありますので、スキルの組み合わせによっても特別なものになり得る場合もあります」

「そ、そうか……」

「はい、お兄さま!」


 俺が目を覚ました後、理由は不明だが、ユーリアは俺のことを「お兄さま」と呼び始めた。

 良い。

 非常に良い。

 何がとまでは言えないが、それは素晴らしいものだ。

 それにしてもやはり、六歳にしては語彙力が豊かで、賢さを感じられる。

 きっとアルフの優れた遺伝が入っているからだろう。

 そしてイシアの素晴らしい遺伝子も入っているはずだ。

 これは……将来に期待がかかるものだ。


「『ステータス』と声に出すと持っているスキルが確認できますよ!」


 ユーリアの声には、頼られているという嬉しさがあったのか、どこか弾むようなテンションが感じられた。

 その高揚した声には、無邪気な喜びと自信が溢れており、まるで子どもらしい純粋な魅力があふれ出している。

 

「お、なるほど。

やってみよう。

……ステータス!!」


ステータス

 名前: ルクセリオ=???

 種族: 人間

 性格: 自信家

 スキル:

- 多言語

-『外見変化』



 ん、なんだこれは。

 目の前にステータス画面のようなものが現れた。

 って……おいおい。

 俺の登録名が「クソッケツ」とか言うアホ名じゃないぞ!

 

 最近の出来事で一番と言ってもいいほどの脳汁が出た。

 このままだと、『クソッケツ〜名前を変える魔法書を探しにいく旅〜』とか言うクソをクソで纏ったクソなクソ…………っと。

 非常に危ない所だった。

 要は、某クソ恋愛映画(『星降る夜に君と』)と同等レベルのクソ作品を皆様に提供する羽目になっていた。

 だが、心配ご無用!

 俺の本名は、ルクセリオなのだ!!


 (後で皆に俺の本名を広めておかないとな。

 それよりも……えーっと、スキル、スキル。

 あった。

 多言語スキルと

『外見変化』スキルというものがある)

 

「二つしかないぞ、ユーリア」

「んー、おかしいですね」

「壊れてるとかじゃないだろうな」

「心配しなくていいと思いますよ。次第にスキルは付くものですので」

「そっか。教えてくれてありがとうな、ユーリア」

「はい! ちなみに、生まれた瞬間に多言語スキルとかは習得できるはずですよ!」


 多言語スキルに関しては、転生して最初に《ガイド》が習得したと記憶している。

 しかし、二つ目の『外見変化』スキルにはまったく見覚えがない。

 これが何かの不具合なのではないかと、疑念が心に浮かぶ。


「なあ、ユーリア。『外見変化』スキルってなんなんだ?」

「ん? 外見変化? すみません、そのようなスキルは聞いたことがありませんが……」

「おー、そうか」


 ユーリアもそのスキルについては聞いたことがないようだった。

 彼女の年齢からして、無理もない。

 しかし、何故か彼女は今にも泣き出しそうな表情を浮かべて、心配そうに俺を見つめていた。

 

「……ご、ごめんなさああいい!!」

「え、ええ?」

「ユーリアが無知なせいで……お兄さまの助けにならなくて……ごめんなさぁぁいい!!」


 ユーリアは本当に泣き出してしまった。

 どうやら彼女は、想像以上に繊細な子なのかもしれない。

 それとも、繊細というよりは、褒められたがり屋なのかもしれない。

 一つのスキルを知らないだけでここまで泣くのは、さすがに心配になるレベルだ。


 とはいえ、なんとなくその気持ちは理解できる。

 きっと医者である親からの無意識な圧力が影響しているのだろう。

 そういうのは現実世界でも多く見てきた。

 その分だけの涙も見てきた。


「ユーリア」


彼女はまだ涙を浮かべながら、小さく応じた。

 

「……はい」

「どうして無知でいることがダメだと思う?」

「だって、それは私が勉強不足ってことで――」

「無知でもいいんじゃないかな?」

「……そ、そうなんですか?」


 戸惑いの色を見せた表情を浮かべていた。


「ほら。だって俺こそ、この《外見変化》スキルのことを知らなかったから、ユーリアに聞いたんだ」

「はい……」

「でも俺は悪い人じゃないだろ?

それってつまり、俺もユーリアももっと成長できるってことだと思うんだ。

無知な分、もっと成長できるってことなんだよ」

「成長…………」


 涙を拭い去ったユーリアは、ほんのり笑顔を浮かべて決意を新たにした。


「ユーリア、これから頑張って成長します!」


俺も彼女のその言葉に微笑みながら頷いた。

 「うん、そうだね」

 

 笑顔を浮かべたユーリアは、俺の足元に寄り添い、しっかりと抱きしめてくれた。

 その抱擁には、彼女の決意と感謝の気持ちが込められており、その温もりに俺の心は深く打たれた。


 そして、まだ少し迷いながらも、結局のところ、もっと広範な知識と豊かな人生経験を持つアルフに尋ねてみることにした。


「外見変化……か。聞いたことがないですね」

「お父さまですら、ご存知ないのですね」


 俺はアルフのことを「お父さま」と呼んでいる。

 ユーリアが俺のことを「お兄さま」と呼ぶので、自然とそう呼ぶようになったのだ。

 年齢が近いアルフを「お父さま」と呼ぶことには最初は抵抗があったが、俺の幼い外見のせいで、その呼び方にも次第に馴染んでしまった。

 

「ああ、一つ伺いたいんだが、そのスキルはどのように表示されているか教えてくれるか?」

「どのように……ですか?

えーっと、二重括弧に――」

「やはりそうか!」

「ん?」

「ああ、すまない。

クソッケツ君の『外見変化』スキルはもしかすると希少スキルの可能性がある」

「ルクセリオです……クソッケツじゃないです。

って、希少スキル?」


 希少スキルとは、文字通り稀少なスキルであり、そのため習得方法や発動条件が十分に研究されていないスキルを指すのだという。

 そして、俺はそのスキルを転生した時から持っていた。

 つまり、俺はこの世界の選ばれし者……!


「――どうやって習得したのかを教えてくれないか!」

「えーっと、それが俺にもよく分からないんですよ」

「……心配しなくてもいい……

私は「秘密厳守」を生きる差針として徹底しているから」

「いや、それが本当にわからないんです」

「えー、ほんとのほんとー?

教えてもくれてもいいじゃーん」

「は、はい」

 

 (このおっさん、こんなキャラだっけ)


 学者であるアルフの新たな研究対象への欲望は、いかんともしがたく、俺はほぼ強制的に彼の実験材料となってしまった。

 

 ◇◇◇


 通常のスキルには、常時発動スキルと詠唱発動スキルの二つのパターンがあるとされている。


 例えば、現在俺が持っている多言語スキルは、常に言語の翻訳を行うスキルなので、常時発動スキルに分類される。

 一方、詠唱発動スキルは、特定の言葉を唱えることで発動する。

 例で言うと、危険探知スキルは「危険探知発動!」と声に出さないと発動しない。

 魔法と似ているが、魔法とは別物として扱われることが多い。


 これを踏まえると、希少スキルが詠唱発動スキルであった場合、発動のためにどのような詠唱が必要かがまだ解明されていないため、非常に困難を伴う。


◇◇◇

 

 最近では、アルフと共に毎晩、就寝前に一時間ほど希少スキルの解明に向けた実験を行っている。

 この実験は地下の研究室で密かに進めているため、アルフと俺以外、誰もそのことは知らない。

 自分でも『外見変化』スキルを早く習得したいと願っているため、これ自体は悪いことではないのだが、アルフは実験となると俺をまるで実験用マウスのように扱ってくる。


「外見変化スキル発動!」

…………


「やはり、何も起きないか。次に、『外見変化スキルを発動』と言ってみてくれ」

「……はい」


 こんな風に、詠唱する言葉と発音の試行錯誤を繰り返しながら、実験を進めていく。

 先が見えないのは確かだが、そんな実験さえも楽しんでいる自分がいる。

 この世界に転生してから、一度も退屈だと感じたことはない。

 子供のような好奇心を抱えたまま、どんなに単純な作業でも飽きることなく、全てが新鮮に映る。

 もしかすると、俺はこんな日々を密かに待ち望んでいたのかもしれない。


 ◇◇◇


 ってか結局、

 クソッケツって誰だったんだぁぁ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る