裏話 ※ちょっとネガティブ注意

裏話①

 最初は、ちょっとした見栄からだった。そこからわたしは転がり落ちていった。



 ◆



 ある時、街でへらへらしてるけどちょっとだけイケメンな人に「ねー、おねーさん」と声をかけられた。勿論、なんかの怪しい勧誘だろうから無視して通りすぎた。だけどその事を大学のいつものメンバーいつメンに言ったら。


「えー、詐欺だよそれ」

「そーそー、キャバのスカウトか、ホストの営業とかでしょ」

「リラみたいな子にイケメンが寄ってくるわけ無いじゃーん」


 お揃いのホワイトシロップモカを飲んでいた三人が一斉にわたしを嗤った。わたしはずっと彼女たちを友達だと思って居たけれど、彼女らはそのつもりでは無かったのだとやっと気づいた。気づいてしまった。


 大学に合格後、地方から上京して初めて、自分が周りより「ダサい」存在なのだと知った。そこから必死でメイクもファッションもダイエットも調べて頑張った。自分では結構変われたと思っていた。所謂「大学デビュー」ってやつだと思っていた。


 だけど、今テーブルの向こう側でキラキラなグロスをつけた唇を歪ませて嗤ういつメンの子たちからは、わたしはデビュー出来ていない田舎のダサ娘のままに見えていたってことだ。


「――――あは、だよね」


 すごく悲しかった。辛かった。悔しかった。それなのに。咄嗟にわたしの口から出たのは、彼女たちにおもねり、自分を卑下する言葉だった。

 それが口内から自分の鼓膜を揺らした時、わたしはその言葉で更に自分を悲しませ、辛くさせ、悔しい気持ちになった。


 だから、一人きりの帰り道。つい出来心で「レンタル彼氏」なんてものをスマホで検索してしまったのだ。



 ◇



「リラちゃん!」


 キャンパス内のベンチで座っていた彼が私を見てぱあっと顔をほころばせ、駆け寄ってくる。スラリとした長身に長い手足と、爽やかな顔立ち。モデルか俳優って言われても疑わないくらいのイケメンだ。その完璧なイケメンが私を待っていたという事実に、いつメンの三人はポカンとしたまま固まってる。


「リラちゃん、講義終わった?」

「うん、今日は終わり」

「じゃあご飯行こう。何が食べたい?」

「パンケーキ! こないだSNSで見た、フルーツたっぷりの猫ちゃんパンケーキのお店に行きたいなぁ」

「いいよ。リラちゃんが食べたいものなら何でも」


 彼は優しい目でわたしを見つめる。本当にわたしが好きなのかと勘違いするほど演技が上手すぎる。わたしもできるだけ自然に返事をした。


「ありがと! あ、みんな、私帰るね。ばいばい」


 三人は間抜け面のまま、「あ、うん、ばいばい……」と返すのが精一杯だったらしい。わたしは心の中で舌を出した。


「……上手く行きましたか?」


 駅前まで一緒に歩いて、周りを確認してから彼がそう訊いてきた。


「完璧でした! 絶対騙されたと思う!」

「そう、良かったです。じゃあこれで解散かな?」

「あ、ごめんなさい、本当にパンケーキ屋さんまで付き合って貰えますか? 勿論奢りますので!」

「え?」

「多分あの子たち、疑ってかかるだろうから二人でパンケーキ食べた証拠写真をSNSにあげとかないと」

「へえ! そこまでするんですか」


 レンタル彼氏の「バッハ」さんは目を見開いて驚いた顔をしたあと、ふにゃりと癒し系の笑顔になった。


「女の子同士の付き合いも大変なんですね」

「そうですね……でも、これでもうあの子たちとの付き合いはやめようかなって」


 今後あの三人は気まずくなってわたしと距離をとるか、逆に「彼氏の友達を紹介して! 彼氏みたいなイケメンで!」とグイグイ来ると思う。おそらくは後者かな。どっちにしたってわたしは彼女たちとの付き合いをやめる口実が作れる。


「無理をしてあの子らとつるむメリットなんて無いと気付いちゃったから」

「そういう判断も時には必要ですよ。自分を一番大事にしないと」


 バッハさんの微笑みは柔らかくて温かくて。あの子達のエナメルみたいな、キラキラしてるけど固くて冷たくて作り物の笑顔とは全然違った。

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