第6話 人たらしのヅラに絆される
◆
朝は無機質なビル群。
夜は窓の明かりが並ぶモザイク模様。
電車の外を飛ぶように流れるそれらは、今は私の目には直接入ってこない。なぜなら私は電車のドアを背にして立っており、満員電車の中で私を他の乗客から守るように向い合わせで立つバッハの顔を見ているから。
車窓から差し込む光や影が彼に反射し映ると時々はっとさせる美しさも、想いを馳せるような面白味も有る。毎日ずっと見ていても飽きない整った顔。
今、バッハは私と暮らしている。あ、別につきあってるとか、同棲とかではない。
あくまでもWin-Winの関係で繋がる
佐藤さんだけでなく鈴木主任までがストーカーだったので、私は課長と人事部に相談して女子が多い部署に異動することになった。佐藤さんと鈴木元主任の二人も異動して遠方の支社勤務になった。多分左遷だと思う。
これで一安心、と思っていたら安心できなかった。通勤電車のなかで矢鱈とグリグリと幅を利かせてくるおじさん、実は身体を押し付けて私の匂いをクンクン嗅いでいたらしい……うわぁ変質者じゃん……。
「優海さん、変な人に好かれる自覚がないのがまた、隙があるというか……変な人を更に吸い寄せちゃうんでしょうねえ」
変どころか非常識な存在のバッハに言われると説得力があるわね(←精一杯の嫌み)。
「まあ、優海さんは優しいし可愛らしいし良い気も持ってるし、好きになるのもわかりますけど」
「ふぇっ!?」
……バッハがどういう意図でそんな事を言ったかはわからないけど、とにかく彼は私の安全のため、一緒に電車に乗って会社の近くまで送り迎えをしてくれるようになったのだ。
「あっ」
電車が急ブレーキをかけ、よろけた私はバッハに支えられる。
「優海さん、大丈夫ですか?」
「うん、ごめんね」
「これぐらい平気ですよ。ボクは貴女を守る為に一緒にいるんですから」
「!!!」
うわああああ、人間の男だったら照れ臭くてこんな恥ずかしい台詞言えないでしょうに!
ああ、こいつの本体はヅラ、こいつの本体はヅラ!! にっこりとこちらを見つめてるのは偽物の身体なんだから!
「……バッハって人たらしだよね」
「そうですかね? あ、でもミケさんもそんな事言ってましたねぇ」
「ミケさん、元気?」
「今度会いにいきましょうよ。あ、そうそう、ミケさんが優海さんに相談に乗ってもらいたいって言ってました」
「私に?」
「ミケさんのお友達のレオナさんが、人間に恋しちゃって悩んでるとか。女の子同士でコイバナすれば何か良い案が出そうとか言ってましたね」
私は周りの乗客に聞こえないよう声を潜めた。
「レオナさんって……妖怪?」
バッハも小声でささやく。
「はい。濡れ女ですね」
「……わかったわ」
私はもう諦めた。変質者には付きまとわれなくなったけど、変な妖怪達が日常的に付きまとう生活はそう遠くない未来の気がする。
あの夜、バッハに怯えて回れ右をしなかった時点でこうなる運命だったのかもしれない。
◆
そして私の考えは当たっていた。私が妖怪達と人間の間を取り持ち、両者の悩みを解決する『何でも屋』の片棒をバッハに担がされるのは、また別の話。
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