第5話 タンパク質と水でいいらしい

 私はバッハと一緒に隠れていた茂みから立ち上がり、ミケさんに言う。


「これで佐藤さん、私のストーカーをやめてくれますかね?」

「やめると思うが、万一やめなかったらワシか毛羽毛現に相談しろ。乗り掛かった舟だ。あふたーふぉろーもしてやろう」

「ええ、ボクも協力しますよ。優海さんは恩人ですから。あ、そうだ。夜道は危険なのでおうちまでお送りしますよ」

「あ、うん……ありがとう」


 バッハの、俳優のような整った笑顔に私は変な気持ちになった。変だよ。だって毛羽毛現って妖怪だよね? いくらイケメンでも、本体はヅラなのに!!


「あ、そうだ。コンビニに寄っても良いですか? 猫缶を買ってミケさんに渡したいので」

「いいよ、私も飲み物を買いたかったし」

「ワシはここで待っておるからさっさと行ってこい」


 まあ、ミケさんは猫にしては大きいから目立つもんね。私たちはすぐ近くのコンビニに行き、猫缶やお菓子や飲み物を買った。意外なことにバッハはちゃんとお金を持っていて、自分で猫缶とゆで卵を買っていた。


「お金、どこから手に入れてるの?」

「ネットで知り合った人に時給1500円でお金貰ってます」

「ネットで!?」

「はい。何でも屋みたいなやつです。といってもお話ししたり、どこかに一緒に行く程度の事しかやりませんが。レンタル彼氏の扱いを依頼されることが多いですね」

「はぁ……」


 確かにこの美形なら、レンタルしたいという人は後が絶たなそうだ。最初からバッハは物腰が柔らかくて紳士的な感じだったけど、仕事柄だったのかも……しかし妖怪のレンタル彼氏とは。


「ボク、タンパク質と水と、たまにお手入れの油くらいしか必要ないので、あんまりお金かからないんでそれで充分なんですよ」


 なるほど。髪の毛の妖怪だからか。


「ああ、それでさっき彼氏のふりをする案がでたのね?」

「はい。優海さんもレンタル体験してみますか?」


 だからその美形の身体で微笑まないで! 変な気持ちになるから! くっつかないで! 妖怪のくせになんかいい匂いする!!

 バッハが私に体を寄せるからか、妙に脈拍が早くなる私。二人でコンビニを出たところで、目の前に立ち塞がるように人が居た。


「篠原さん……」

「えっ、鈴木主任?」


 上司の鈴木さん。なんでここに?


「その人、誰? 俺、君の家の前で待ってたのに……」

「えっ!? なんでですか!?」


 家の前で……って何で私のマンションを知ってるの!? 混乱する私の耳元でバッハがささやく。


「優海さん、この人、貴女の恋人ですか?」

「違う!! ただの上司だよ!」


 私は首を左右にぶんぶん振った。頭から血が抜けるようにサーッと冷たくなる。もちろん首を振った遠心力のせいじゃない。


「篠原さん! ただの上司は無いだろ。確かにつきあおうとか、そういう言葉にはしてなかったけど、それは社内恋愛はおおっぴらにしたらマズいからだろ? 僕に旅行のお土産もくれたじゃないか」

「お土産って……同じ部署の全員にあげてますけど!!」


 っていうか、たかが温泉饅頭でそんな意味にとられても困るんだけど!

 バッハが溜め息混じりに言った。


「優海さん……貴女ってストーカーホイホイなんですね……」


 くっ。呆れたような顔も無駄にカッコイイ。


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