第4話 てへぺろ☆って感じの顔をした

 バッハは私の手の上でぺこりとお辞儀をした。


「ミケさん、ありがとうございました!」

「礼は言葉よりもモノで表せ。高級な猫缶が5つもあればよかろう」

「わかりました! あとでコンビニで買ってきますね。優海さん、ボクをそこの茂みへ連れて行ってください」

「あ、うん」


 足がにょっきり出ている茂みを回り込んで進むと、倒れている人がいた。背の高い男性で頭がツルツルだ。でも目を閉じている顔は彫りが深くて整っていそう。よく見ると、服があちこち破けている。ミケさんが引きずったから? でもそれにしては破れ方がめちゃくちゃな気がする。

 私がそんなことを考えている間に、バッハは手から飛び降りてその人の頭の上に鎮座した。すると。


「うう~ん」


 ぱちりと男性の目が開いた。口から飛び出した声はさっきのバッハの可愛らしい声とは全く違う、大人の男性のものだった。


「うわあ、身体があちこち痛んでますねぇ。あ、優海さん、ありがとうございました。おかげで身体を取り戻せましたよ」


 起き上がり、にっこりと微笑む男性。さっき寝ている時にそうかなと思ったが起きて喋るとかなりのイケメンだ。ベートーベンみたいだと思った髪型も、あちこち破れた服もイケメンだとそういうファッションのようにしっくりくるから不思議なものだ。

 私はドギマギする。彼がイケメンだからじゃない。きっと……きっと、目の前で無茶苦茶で非常識で信じられない事が起きているから。そうに違いない。


「さて、どうしましょうかねぇ。あんまり警察のご厄介にはなりたくないんですが……」

「え、警察?」

「ボク、この通り人間のふりをしているだけなんで、警察に身元確認されると厳しいんですよね」

「な、なんで警察に?」


 男性……つまりバッハはてへぺろ☆って感じの顔をした。


「いやぁ、ボク、さっきボーっと歩いてたら車にはねられちゃったんですよ。それで身体もボクもポーンって投げ出されちゃって、はぐれちゃったって訳なんです」

「え、ええええ!?」


 服があちこち破れてたのは、そういうこと!? 唖然とする私の足元でミケさんが喋る。


「車の主は一瞬止まったが、誰も目撃者が居ないと思ったか救助もせずにすぐ行ってしまったぞ。轢き逃げってやつだな。まったく最近の人間は嘆かわしい」

「まあボクが相手で良かったですよね。ホントの人間なら死んでたかもしれないし」

「車には配下の猫を追跡させておいた。相手を祟りたいなら多分できるぞ」

「わぁ! 流石ミケさん! ありがとうございます」

「礼なら」

「わかりました! 猫缶ですね!」


 のんびりとした口調でとんでもない事を語るバッハとミケさん。それをただただ見つめる事しかできない私。と、二人(?)が私の方を向いた。


「しかし、このおなごの後をつけてきた不届き者の方はどうする」

「そうなんですよねぇ。やっぱりストーカーだから警察に届けた方が良いですよね。でもボク達は警察に証言はできないし。けれども優海さんには恩を返さないといけないし……ボクが彼氏のふりをしてもいいんですけど」

「え」


 私はちょっとだけドキリとした。バッハが彼氏のふり?


「……いや、それよりもいい事を思いついたぞ。ワシが協力してやろう」


 ミケさんが宝石のような黄緑の目を光らせ、ニタリと笑った。あ、妖怪っぽい。こわい。


 ◆


 5分ほど後。

 ミケさんが佐藤さんの顔をぺちぺちと叩いて起こす。


「う、うーん……、あ、篠原さん? 大丈夫ですか?」

「佐藤さん……何故」

「し、篠原さん? なんだか声が……」

「何故……何故私を追いかけたの? あなたのせいで……私、この公園まで逃げてきて……そして」


 そこまで言うと、私に化けていたミケさんは正体を表し半人半猫の姿になった。


「化け物にされちゃったのォォォォォ! ニ゛ャアアアアアア!!」

「ひっ!! う、うわあああああ!!!」

「殺すニャ殺すニャ恨むニャ祟るニャ殺すニャア!!」


 尻もちをついたまま後ずさる佐藤さんへ、ミケさんが襲い掛かるフリだけしてギリギリのところで爪を出す。


「ぎゃあああ!! た、助けてーーーー!!!!」


 佐藤さんは四つん這いでワタワタと暫く進んだ後、やっと立ち上がって走り逃げ出した。彼が見えなくなるまでミケさんは「殺すニャ! 恨むニャ-!」とノリノリで叫んでいたし、見えなくなったらなったでニヤニヤしてこう言った。


「ぐふふ。やっぱり人間を驚かすのは気持ちが良いな」


 ミケさんは実に楽しそう。猫又って悪戯好きなのかしら。

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