来世が保証されるなら、あなたは自殺しますか?
加賀倉 創作【書く精】
前編『あなたの前世は、誰ですか?』
【注意】本作は、決して自死を推奨するものではありません。それをご理解いただいた上で、お目通しくださると嬉しいです。もし、閲覧による自身への負の影響がないかどうかなど、不安を覚える方がいらっしゃいましたら、今すぐにブラウザバックすることを推奨いたします。
——
景観法によって事務的に植えられた木々の枝は、
それらの樹皮は、
ここは……
ごくありふれた公営団地。
この国の庶民は、大抵の場合、この家賃の安く済む上にそこそこ快適な公営団地『ヨワシレンバツカ』で暮らす。各棟の最上階は、ペントハウスのような作りとなっており、ワンフロア全てを、たったの一世帯が占有する。最上階とそれ以外とでは、その質という点で、全く異なっている、と聞いている。建物に備え付けられたエレベーターは、最上階の住人専用となっており、特別な鍵がなければ、動かない。そのため一般の住人は毎日、自分の部屋の階と地上とを、階段で
外の眺めに飽きて、部屋の中に戻る。
部屋は、薄暗い。壁にかかった鏡には、左右が反転した室内が、やや濁りを増して映っている。今ぐらいの時間帯までなら、眩しいのが苦手な私には、太陽の光だけでも事足りる。だから、カーテンはいつも全開にしている。それだと他の棟の人からは生活が丸見えだろう、と思うかもれないが、そんなこともない。というのも、私の住む部屋は、最上階の一つ下、十九階にあるからだ。それに、この辺りでここ
大き過ぎる黒皮のソファの左側に、深めに腰掛ける。右側の背もたれには、私が小さい頃の悪戯でハサミで切れ込みを入れてできた十字の傷。四年前までは、その傷を母の背が隠し、よく他愛無い話をしたものだ。もちろん、時には小難しい話もした。母は大学時代、西洋哲学を専攻していたので、私によく哲学のことを教えてくれた。中でも、ハイデガー哲学の話が、印象に残っているなあ。母が亡くなってからは、ずっと一人暮らし。うちは母子家庭だったが、母は私にたくさん愛を注いで、育ててくれた。自慢の母だった。私の唯一の、心の支えだった。そんな存在を失ったものだから、少し前には……そこのベランダから、いっそ飛んでしまいたい、と何度も思った。手すりの上に立つところまでいったこともあった。でも、今はいくらか、そんな気持ちが抑えられている。その理由は……毎週金曜日の夜七時に、ちょっとした楽しみができたからだ。
『あなたの前世は、誰ですか?』
それは、ミステリーバラエティ番組のタイトルだ。
リモコンを握り、電源ボタンを押し、テレビの音量を、限界まで上げる。私は小さい頃から、耳が遠い。近隣に迷惑をかける心配はない。なぜならば、『ヨワシレンバツカ』の壁と天井は、ありがたいことにそこそこ遮音性が高い素材でできているからだ。逆に言えば、
「さぁ皆さん、今日も始まりました! ミステリー・バラエティショー『あなたの前世は、誰ですか?』。今夜も一切ヤラセ無しの生放送で、お送りさせていただきます!!」
画面中央に、司会者のウワベーミズ・ヨワシレンバツが映る。彼は、この国の大統領、ヒョリータイ・ヨワシレンバツの実の弟だ。
「念の為、この『あなたの前世は、誰ですか?』を初めてご覧の方に向けて簡単な説明を。この番組がお送りするのは、全国から前世の記憶を持っていると自称する人を募集し、その人の前世をくわしーく聞き出して、前世は誰だったか特定、その誰かの、家族や親しい人物に会いに行ってみようというトンデモ企画、それ一本! 前世の記憶を証明するであろう関係者の人々への突撃は、なんと、生放送! このスタジオから、生中継でやりとりが行われます! 今日で通算百十九回目、今夜、主役を務めるのは……こちらの方です、どうぞ!!」
大それた扉が左右に開き、現れたのは、年端もいかぬ、少年。
「おっと! なんて言うことだ! 今日の主役は、可愛い少年! これはこれは、珍しい展開です! ほらボク、こっちこっち、おじさんの所までおいで!」
少年は、ぎこちない足取りで、ウワベーミズの元に駆け寄る。
「それじゃあボク、自己紹介をお願いします!」
膝立ちになったウワベーミズが、マイクを少年の口元に向ける。
「ぼくタルコフ。よんちゃい」
「よ、四歳だってぇ!? 史上最年少記録更新だ! じゃあ、もう一言いただきましょうか、タルコフ君の、好きなことはなんだい?」
タルコフ少年は、むちむちの両手を、ピースの形にして……
「がようし、チョキチョキぃー!」
指を、カニのハサミのように、開いては閉じてを繰り返してみせた。
「なーんてキュートなんだああ! と言うことで、今日の主役は、工作が得意な、タルコフ君です! そちらのソファへどうぞ!」
タルコフ少年は、黒革のソファに案内され、その向かって右側に、ちょこんと座った。
「ではタルコフ君、早速、おじさんがいくつか質問をしていくから、答えてくれるかなあ?」
「うん! こたえるぅー!」
そう元気よく返事して、両手を大きく広げるタルコフ少年。ソファの高さで床についていない足を、バタバタとさせている。
「じゃあまず、こんな質問はどうだろう? タルコフ君は昔、どんな名前だったんだい?」
「んーとね、それはおもいだせないの……」
演出として、ひどく大袈裟な、落胆の声が挿入される。
「ほぉ、そうかそうか。そういうこともあるよなぁ。タルコフ君は決して、悪くないからね? じゃあどんどん行ってみよう! タルコフ君は昔、どんなおうちに、住んでいたんだい?」
「
タルコフ少年は、はっきりと、そう言った。
「そうかいそうかい。やけに具体的だねぇ。じゃあ、お部屋の中は、どんな感じだったか、教えてくれるかな?」
「おへやはね、ちょっとくらかった! カーテン、なかった!」
「ほうほう、ちょっと変わったお部屋だね。ちなみに、お部屋の中には、どんなものが置いてあった?」
「んーとね、ソファ!」
「どんなソファだった?」
「このソファと、いっしょ! おおきいの! でもぼくがこわしちゃった!」
「なるほど。そのソファみたいに黒くて立派なのがあって、タルコフ君がイタズラしちゃった、と言うことだね?」
「うん、そう!」
「そうか、それは奇遇だねえ。それに、ソファを壊すだなんて、前世はとんでもないパワーの持ち主だったのかもしれない。じゃあ、そのお部屋には、誰かと一緒に住んでいた?」
「うん! おんなのひと!」
「女の人は、どんな人だった?」
「おじさんよりも、わかい! とっても!」
そこで、会場には爆笑の渦が巻き起こった。これに関しては、演出で挿入された音ではないようだ。
「参ったなぁ! タルコフ君、なんてジョークがお上手なこと!」
「じょーくじょーく!」
上機嫌な、タルコフ君。
「じゃあ、次が最後。他に、どんなにちょっとしたことでもいいから、思い出せることを、タルコフ君が好きなだけ、教えて欲しいな!」
「なんでもいいの?」
「うん、なんでも。よくない言葉じゃなければね!」
「わかった! えっとね……そんざい! てつがく! はいでがー! だすまん! ぼつこせい! げんそんざい! なちす! はんゆだや!」
「おーっとそこまでぇ!!!!」
ウワベーミズは慌てて、口を塞ぎに、タルコフ君の口元へ手のひらを飛ばした。
「あれ? どうしてぇ?」
「え? ああ、タルコフ君が、とーってもたくさん言ってくれたから、おじさん、頭がパンパンになっちゃってね。もう、十分だよ。十分過ぎるくらいに。とにかく、ありがとう!」
「はい! どういたちまちて!」
「うん。それでは……以上、今日の主役、前世の記憶を持つとされるタルコフ君でした! 次回までに、番組スタッフが一丸となって大調査! 世界中を駆けずり回り、タルコフ君の前世と深い関係を持つ人々の元へ、突撃します! もちろん、番組をご覧の皆様の中に、心当たりの方がいらっしゃいましたら、こちらの番号、『
そこで画面は、暗くなった。
金曜日だ。
『あなたの前世は、誰ですか?』が放送される、金曜日だ。
私の期待が現実になるならば、この後、七時前に、玄関のチャイムが鳴る。
そして……
その通りになった。
私は、番組の取材班を快く部屋に迎え入れ、スタジオでのタルコフ少年の発言と寸分違わず、生前の母のことを、つらつらと語った。
番組終了後……
私は、私の身に降りかかった出来事に、興奮した。
そして同時に、ある決意をした。
〈後編『工作員』に続く〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます