初めての対面
私が人生最大級の失態をかましてから約数十分後、私と例の男子は何故か駅の構内に併設されているス〇バで無言のまま向き合っていた。
数時間前の私に報告したら「頭おかしいんじゃないの?」と冷ややかな目で一蹴されるだろう。それくらい現実味がなくて、でも残念ながら現実で、その現実にまったく追いつけていない。
私より少しはこの状況についていけているであろう例の男子は、若干震えながら異常な程綺麗な姿勢を作り、気まずそうに明後日の方向を見て少しも視線を合わせてくれない。
地獄だってもっと居心地は良いだろう。
そんな本物の地獄さえ真っ青な程恐ろしい空気感に耐えきれるわけがないので、あれから何があったのか説明しよう。
まず、捻挫をした足でダッシュしようと踏み込んでさらに捻挫を悪化させて地面に蹲るアホすぎる私を、流石に見過ごすことは出来なかったのか、例の男子は逃げずにこちらへやって来た。
そして、やかましい構内の中、例の男子は本当に頑張って耳を澄まさないと聞き取れないくらいボソボソとした小さい声で「……湿布買ってくるんで待っててください……」と吐き捨て、コンビニへと向かった。
極限まで困惑した状態だったが、とりあえず言われた通り壁際で大人しく待っていると、かなり時間をかけて例の男子がロ〇ソニンSを手に持って戻って来た。
こちらが申し訳なくなるほど気まずそうな顔と声で「足見せてください……」と例の男子が言ってきたので、私は「自分でやります」と言ってロキソ〇ンSを半ば強引に奪た。
もともと不器用な上、初対面(?)の男子に側で見守られながら地獄の空気でまともに手当てができるわけがなく、結局例の男子にやってもらった。
ラブコメだったら互いにドキドキで、男の手が女の肌に触れて女がちょっとえっちな声を出すサービスシーンになっていただろう。
だが、私たちの場合は互いに気まずさと緊張で胃を痛めながら「早く終わってくれ」と心の中で叫び続ける苦行だった。
例の男子は手際がとても良く、変な事故も起こらずスムーズに終わったのだけが幸いだ。
だが、手当てが終わって「ありがとう。帰っていいよ」となるわけがなく、またもや逃げ出そうとした例の男子の手を掴み、何も考えずぱっと目についたスタ〇に連行した。
そして向こうの意見も聞かず勝手に抹茶フラペチーノを二つ頼み、勝手に向かい合う形で座らせ、勝手に差し出して今に至るというわけだ。
……本当に意味がわからない。頭痛が痛いとボケる余裕もない、頭が痛い。
普通に生きていればまず確実に遭遇することのないイベントに巻き込まれた……自分から巻き込まれに行っている、とも言えるが。
席について数分、相手の意向を無視して……そもそも選択権すら与えず連行してきてしまったが、どう切り出せばいいのかわからず抹茶フラペチーノを無心で啜ることしか出来ない。
向こうは一口も口をつけず、明後日の方向を向き続ける耐久チキンレースを始めていた。
ただでさえ尾行がバレて気まずい状況で、おそらく私以上のコミュ障であろうこの男子が自分から口を開くとは思えない。
ここは私が腹をくくって問い詰めるしかない。
私は覚悟を決め、抹茶フラペチーノをテーブルに置いてその男子を真っ直ぐ見つめる。
「どこから話せばいいのか……とりあえず、名前を教えてくれマセンカ?」
平静を装って、なるべく柔らかい声を出すよう意識して振り絞った。
その男子は一瞬ビクッとしたものの、視線は変えず吐き捨てるように答えてくれた。
「……理寛寺悟です」
「リカンジ……?漢字はどうやって書くんデスカ?」
なんとか会話を続けようと思い、全く興味はないが聞いてみた。
無視されてもおかしくなかったが、相変わらず視線を合わせずその男子は口を開く。
「……理科の理に、心が寛容の寛 ……に寺で理寛寺。あ、さとるは五〇悟と同じ……って言ってもわかんないですよね……」
知ってるに決まっている。
「……呪術〇戦デスヨネ?知ってマスヨ」
「はい………………」
以上、会話終了。
コミュ障の私にしてはよく頑張った。絶対に棒読みだっただろうが、猫を被ってまともに人と接することができた。
そして再び訪れる地獄の静寂。
……もう帰りたい、本当に。
こっちの名前も聞けよ、と思ったが向こうから話しかけてくる気配が全くないのでもう一回チャレンジしてみることにした。
「……私は雲然ゆかりと言いマス。雲に自然の然で雲然、ゆかりは平仮名デス、ヨ……」
「………………いい名前っすね……」
以上、会話終了。
ブチギレ台パンしたくなる衝動を抑え、眉をひくひくさせ口角を不自然に吊り上げて、私は再び立ち上がる。
なるべく人と関わらないようにする、という目標は今は無視だ。今は先に逃げた方が負け、というチキンレース。
「あの、聖宮です、ヨネ?私は1年、あ、4組ですケド……リカンジサンは?」
やばい、自分でもおかしいってわかる。人と話すことが久しぶりすぎて、ロボットも顔負けの棒読みである。
理寛寺さんとやらは相変わらず目線を変えず、しかし先程より渋い顔と声で答えた。
「…………1-1っす」
なんとなく想像はしていたが、タメだった。
「あーじゃあタメ語でいいデスよ……?私もタメ語でいかせてもらう、ネ」
理寛寺さんもそれを存分に駆使しているが、敬語というのは人と壁を作るための強力な武器だと思う。
だからそれを取っ払うのは勿体ない気もしたが、同級生相手に敬語というのもなんだか気持ち悪いので私はタメで突撃することにした。
と、そこで……理寛寺さんが初めて視線をこちらに向け……私から受け取った会話のボールを地面に叩きつけ、初めて自分から会話のボールを投げてきた。
「……あの。昨日と喋り方?全然違うっすけど……どっちが素なんすか……たぶんどっちも違います、よね……ぁ、普通に喋ってもらって……ほしいっㇲ……」
「……え……?」
しっかり構えていたはずだが、あまりにも変則的なボールだったので普通に零した。
喋り終わった後、本当に辛そうな顔をして理寛寺さんはまた視線を外した。
後半にかけてどんどん声が小さくなっていって聞き取りずらかったが、そんなことはどうでもよかった。一箇所、とても引っかかる発言があった。
……昨日?
「えっと、昨日って……?」
とぼけているように思われるかもしれないが、まるで心当たりがない。……いや本当はあるのだがちょっとそれは考えたくないの……。
理寛寺さんは化物でも見たかのようななんとも形容しがたい表情で顔を歪め、呆れたように吐き捨てた。
「本当に覚えてないんですか?……まじかよ、そんなことある……?」
…………あぁ、終わった。
昨日、記憶を失っている間に私と目の前の男子の間で何かがあった。
その「何か」を出来ることなら知らないまま死んでいきたかった……。
退くも地獄、進むも地獄。ならば進むしかない。
私は、猫を被ることも忘れてほとんど素のドス黒い声で理寛寺を詰める。
「…………昨日何があったのか全部説明しなさい」
「いや……」
「この変態ストーカー、警察に突き出すわよ」
「………………チッ」
盛大に舌打ちをしながら、理寛寺はたどたどしく語り始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます