必然的な再会
「ゆかり、昨日は楽しかったよ」
「ゆかり、可愛いよ」
「ゆかり、好きだよ」
「バレても知らないよ?」
「目閉じて」
「ゆかり」
「ゆかり」
先輩のばーか。
最悪の目覚めだった。
久しぶりにあの男の夢を見てしまった。私たちの思い出をひとつひとつ振り返っていく、最悪のダイジェスト。最近はパ〇リカみたいな世界観の頭のおかしい夢しか見ていなかったから油断していた。
尋常じゃないくらい汗をかいている。脇汗も酷い。
二度寝して夢の上書きをしたいところだったが、この状態で満足した睡眠をとれるはずがないので、着替えてからにしよう。
でも、その前に朝の日課であるTwitterチェックを……
「って8時なんですけどぉぉおー」
入学して3日目で遅刻が確定した。
担任が中学の同級生がいないと言っていた遠くの高校を選んだので、かなり通学時間が長い。といっても、1時間半弱だが。
無事座席をゲットし、ポケ〇ケをやりながら3本目の電車に揺られていると、突然背中にゾワッとした感覚が走った。
何故か嫌な予感がしたので顔を上げるが、もちろん特に変わったことはない。
ほのかに安堵してスマホに目を落とそうとしたとき、不意に視線を感じた。たまたまこちらに目線がいったのではなく、確実に私を捉えた視線だった。
これ自体はよくあることなので別に気にすることではないのだが、野生の勘で普段とは違う何かがあると感じ取り、怪しまれないように周囲を見回す。
暫く経っても異変は感じられず、釈然としないながらも気のせいだとしてポ〇ポケを再開しようとしたとき、向かいのブロックのこちらから見て左端の座席に座っている男性に目が留まった。
今まで流し見していたが、よくよく見てみれば学ランを身にまとった高校生ではないか。おいおい今何時だと思ってんだ、10時になるぞ。ちょっと遅刻したってレベルじゃねぇぞ、人のこと言えないけど何してんねん。
猛烈にツッコみたくなる衝動を抑えながら、その学ランが我が高校のものであることに気が付いた。
いや学ランなんて正直どこの高校もほとんど同じだし、別の学校かもしれない……いや同じ高校の人でも別にいいんだけど、なんか気まずいし……。
なんとなく居心地の悪さを感じて無駄に背筋を伸ばすと、思いきりその男子と目が合った。
「……ぁ、っ……?」
硬直する私と、速攻で目を逸らす男子。
ぶっちゃけ、男子の反応はどうでもよかった。だが、男子のことはどうでもよくなかった。
この人、どこかで見たことがある……?
名前も何も知らないし、記憶にはないが、何故だか初めて見た顔だとは思えなかった。
失礼かもしれないが、一言で言えば陰キャ。身長は162、3センチだろうか、私よりも少し低く、もやしとまではいかないが瘦せ気味でとても小柄。あまり整えられていないもさもさの髪、生気のない瞳からも暗い印象を受ける。
いや、やっぱりわからないな……人違いか?
もやもやが収まらず、私がその男子を凝視していると、また目が合った。そして、また速攻で目を逸らされる。
……超気まずい。
確実にガン見していたことがバレた。絶対にキモいと思われた。いや別にいいんだけどなんとなく嫌だ。
流石にこれ以上じろじろ見るのはどうかなと思ったので視線は外したが、ここである一つの疑念が浮かび上がる。
さっきの視線、この男子のものなのでは――――?
二回も目が合ったし、偶然だとは思えない。
少年よ、この私の美貌に目を奪われたな?
うん、まぁ大概そんなところだろう。何か異質なものを感じたが、それは気のせいで普段の視線と変わらないのだろう。
何か重要なことを見落としている気もするが、実害はないだろうしこれ以上気にしても仕方ないか。
私は残り二駅、〇ケポケに勤しんだ。
乗り過ごした。
あまりにも白熱した試合だった(最後はコインに嫌われて負けた)ので気が付かなかった。
昔から一旦集中スイッチが入ると周囲が全く見えなくなるくらい没入してやらかすことが多かったが、今日その才能が遺憾なく発揮された。
入学3日目で大遅刻(電車乗り過ごし)である。前途多難すぎる。
既に最寄駅から5駅ほど過ぎており、もう学校サボって終点まで行って遊んで来ようかなと思ってなんとなく辺りを見回して、絶句した。
あの男子が、まだいた。しかも三度目(?)の見つめ合い。そして、速攻の目逸らし。
なんかおかしい。おそらく、スマホを弄るでもなく居眠りをするでもなく、ずっと姿勢を正しながら空を見つめている。
考え事をしているのか知らないが、そんな男子高校生がいるだろうか。
しかも、少なくとも三回私のことを見て目を逸らした。
気持ち悪い――が、これは視姦されていることへの嫌悪感というより、テストの時もう少しで答えを思い出せそうなのにあとちょっとのところで思い出せない、もどかしくてイライラする気持ちと似ている。
思い出せない……やっぱり、私はこの男子のことを知っているはずだ。
そんな昔の出来事ではない……むしろ最近な気がする。だけど、思い出せない。
何かヒントがあればわかりそうなんだけど――とあまりにも手がかりが少なすぎる現状に嘆きたくなったとき、私はとてもとても恐ろしいことに気が付く。それは、思わずその場で短い悲鳴を上げたくなるほど。
その男子がつけている校章が、私のものと一緒だったからだ。
つまり、私の予想は当たっていて同じ高校で間違いないが、それ自体はなんの問題もない。
なんで同じ高校なのにまだ電車に乗っているのか、そこが問題だ。
とっくに最寄駅は過ぎているというのに。
寝過ごしたわけでもポケポ〇に集中して気が付かなかったわけでもないだろう。理由は知らないが、わざと降りなかったのだ。
どうして?
それは、ずっとチラチラと私のことを見てきたことからもわかるように、私のストーカーだから――――
と最悪の可能性が頭に浮かんだ僅か数秒後、電車がちょうど次の駅に到着した。
正直本気で終点まで行ってやろうと思っていたが、本能的に身の危険を感じたので勢いよく電車を飛び出し、一度も振り返ることも止まることもなく早足でホームを移動する。
何も考えない。何かを考える余裕などない。ただ、無心で近づいてくる何かから逃げ続ける。
改札を抜け、どこから出ようかと一瞬迷うも一番近い出口に決め、気合を入れようとスピードを上げようとして――――盛大にこけた。
それはもう、お手本のようなずっこけだったと思う。
羞恥心で死にたくなったが、今は些細な問題だ。とりあえず、一刻も早く遠い場所へ行かなければ……!
雑念を振り切り、立ち上がろうとして……あれ、立ち上がれない?
身体に生じた違和感を無視して強引に立ち上がった瞬間、足首に強烈な痛みが走った。
「いっ……!」
思わず顔を歪めて小さく悲鳴を上げてしまった。
これは捻挫ったか。普段まったく運動しない障害がここに出た。
一人のはずなのに何故か助けを求めようと足を押さえながら振り返り――そこで、五メートルほど離れた場所に唖然とした表情で佇んでいるさっきの男子と目が合った。
さっきの醜態も含め、周囲からかなり奇異の目線を集めていることにも気づかず、私たちは初めて正面から見つめ合う。
比喩ではなく、いや比喩なのだけれど、その時は本当に時が止まっていた。
5秒とも5時間とも感じられる時が流れ、先に硬直が解けたのは向こうだった。またもや先に目を逸らし、逃走を図ろうとするも、私はそれを許さない。
呼び止めようと大声を出しながら駆け、
「待ちなさい――――ぃぃぃいいい~~~~っっ!!」
そして、声にならない悲鳴を上げてその場に蹲った。
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