1話

 高校に入学してまだ二日目だが、わかったことがある。

 高校生というものは、とにかく群れたがるものなのだろう。常に誰かと一緒にいないと不安で、ひとりになって周りから白い目で見られることを恐れている。

 教室という狭いコミュニティの中でグループを形成し、顔色を伺いながら嘘と打算にまみれた見せかけの友情を築き上げる。

 そんな息苦しい輪の中で誰もが自分を取り繕いながら、その輪からあぶれないように必死に生きているのだろう。

 そして、どの輪の中にも入れない、入らない人は「ぼっち」という烙印を押されて孤立してしまう。

 皆、ぼっちにはネガティブな、劣ったイメージを持っていることだろう。

 また、人間関係はスピードが肝心なのだと思う。

 だから、早くグループに入って安定した立ち位置を手に入れて、ぼっち側ではなくぼっちを見下す側になるために入学早々必死なのだろう。

 さて、こうして偏見の入り混じったクラス分析をしている私だが……私がぼっち側かぼっちを見下す側のどちらに分類されるかといえば、このままいけば間違いなくぼっち側になるのだろう。

 まぁ、グループに入るための行動を起こす気が全くないので当たり前なのだが。

 私はぼっちになることを恐れていない、むしろぼっちになることを望んでいる。

 部活、友情、恋愛……そんなキラキラした高校生活を送る気など一切ない。 


 ……もう二度とあんな思いはしたくないから。


 あの地獄のような日々を思い出しそうになり、気分が悪くなる前に私は大きく深呼吸をする。

 大丈夫、もう解放されたんだ。

 ここには私を苦しめるものは何一つとして存在しない。

 けして無かったことにはできないし、元通りになることもないけど、だからといっていつまでも引きずっていたらあの男にずっと負けたままということではないか。

 私はそこまで弱くない。

 同じ過ちを繰り返さないためにも、私は高校では極力人付き合いを避けることに決めている。

 もともとコミュニケーションは苦手でほとんど人と交流はしてこなかったが、高校ではその僅かな交流さえ遮断するつもりだ。

 それこそあの男に影響された……負けたようなものだけど、それでも構わない。

 一瞬で矛盾した発言になるけど、私はとても弱くて、自分の弱さを恐れているのだ。

 関係が深くなればなるほど、その人を好きになるほど自分のありのままを……他の人には絶対に言えない弱い部分まで曝け出して、受け入れてもらいたくなる。

 私は自分の感情を自分でコントロールすることができない。

 依存先の人間の言動や一挙手一投足、自分への態度、それらによって私の感情はコントロールされているし、生かされていると言ってもいい。

 もし受け入れてもらえなかったら「私は必要とされていないんだ。相手にとってそんな小さな存在なんだ」とすぐにネガティブになって病んでしまうし、その上で受け入れてもらうことができたら自尊心は満たされ、反動でさらに想いが大きくなって、相手に強く依存してしまう。

 自分からは絶対に離れられなくなるほどに。

 そしてもし相手に切り捨てられて依存先がなくなってしまったら、一生物のトラウマを植え付けられて心も身体も壊れてボロボロになって何も出来なくなってしまう。

 ……もう皆気づいていると思うが、これは仮定の話ではなく実際に経験した話だ。

 思い出さないよう深呼吸をして心を落ち着かせたはずなのに、結局また考えてしまっている……とても嫌だ。

 話を戻すが、その後あの男との関係が終わっただけではなく、いろいろあって数少ない友人のほとんどとも縁が切れたし、両親とも折り合いが悪くなり、人間関係が完全に崩壊した。

 そしてそれは受験期に起こったことなのだ。

 当然勉強に力を入れられるはずもなく、かなりよかった成績は信じられないくらい悪化し、志望校(あの男が入学した高校)から3ランクくらいダウンしたこの都立聖宮高校にメンタルズタボロの状態でギリギリ合格した。


 とまぁ……私の過去に軽く触れると、そんなことがあったわけだ。

 幸い、高校合格後いろいろあってあの男に対する想いも(表面上は)消え、平常な精神状態に戻ることはできた。

 それでもあの出来事が私に与えた精神的ダメージは相当なもので、私は人間不信……とまではいかないものの、人と関わることに少なからず恐怖心を抱いてしまっている。

 そして、残念なことにあの出来事があっても私の本質は変わらず、これから別の誰かと関係を深めていってしまったらまた依存してしまうだろうと自覚している。

 もしもう一度切り捨てられるようなことがあったら、今度こそ私は壊れてしまうだろう。取り返しのつかないところまで。

 だから、自衛のために人付き合いはしない。

 部活は……中学では吹奏楽部に所属していたけど、もう吹奏楽とは縁を切った。

 いや、吹奏楽にはなんの罪もないんだけどね?

 でもあの男と出会うきっかけになったのが吹奏楽部だったわけで……別に吹奏楽部に限った話ではなく、部活そのものにトラウマが植え付けられてしまったので、どの部活にも入る気はない。

 バイトもしたくない。

 これはあの出来事とは関係なく、そもそも私が働いたら負けと思っているからだ。

 そんなわけで、早くも私の高校生活が灰色になることが確定した。

 まぁ一人でも楽しいことはいっぱいあるからな!

 むしろ誰にも気を遣う必要がなくて自由に好き勝手できて、もともと私という人間の性質上一人の方が向いているのは明らかだ。

 ぼっち最高。ぼっちしか勝たん。

 ぼっちの可能性は無限大なり。

 あぁこれから始まるぼっちスクールライフ、とってもわくわくするなぁ!


 そこで、ふと私は周囲を見回す。

 多くの生徒がグループを作ろうと躍起になっているので、とても騒がしい。

 そんな賑やかな狭い空間の中、度々自分への視線を感じることがある。

 もちろん勘違い系ぼっちの自意識過剰などではなく、視線を向けられていることは事実だ。

 それも、入学2日目でぼっちになったことへの憐れみや嘲りなどではない。

 あー……事実だとしても、こんなことを自分で言うのは痛いし、気が引けるけど……私は、本当に自分で言うのもなんだけど、かなり容姿が整っている方……らしい。

 そして、中学時代は所謂「高嶺の花」と呼ばれる存在だった……らしい。

 美人だけど棘があって近寄りがたいから(コミュ障だから)、皆見てるだけしかできない(元友人評)……らしい。

 全部あくまで客観的意見であり、自分がそう思ってるなんてことは絶対にない、本当に。

 しかし、高校入学2日目で早くも同じような現象が起きているので、まぁ元友人が言っていたことは間違っていないのだろう。

 そんなわけで、容姿のせいで多少注目されることはあっても、棘があるらしいので話しかけられることはないだろう。

 中学のときも、表立ってアプローチされることはほとんどなかったし(まぁ何回かはあったけど)。

 高嶺の花というと聞こえはいいが、実際のところは腫れ物扱いされていたということだからなぁ……そんな中、唯一あの男だけはズカズカと私の領域に……いや、この話はやめよう。

 とにかく、私は充実したソロスクールライフを送るのだ。

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