多少チヤホヤされてきた女が色恋にハマる
6月(June)
本当の喪女は色恋を常に疑えるし、本当の美女は色恋を掛けられても自分のペースで楽しめる。一番色恋にハマりやすいのは、人生において多少チヤホヤされてきた経験がありワンチャン本気で好かれているかもと思ってしまえる微妙に自信過剰な女。
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すなわちそれは自分のような人間のことなのだが、何が言いたいかというとわたしは女風セラピストにガチ恋し始めていた。
ネット掲示板「ほすらぶ」曰く、指名セラピストは色恋をするタイプではなかった。
「完全にテク売りで、いちゃラブ好きな人にはオススメしない」「キスNGってマジ?」
そんな男が5回目の予約の最中、わたしに「好き」と言った。顔も身体も声も好みの男が、裸で抱き合っている時にうなじにキスをしながら囁くのだ。わたしはあっという間に指名セラピストにハマった。
気づけば2週間に一回のペースで予約するようになり、会えない時間はひたすらツイキャスのアーカイブを閲覧した。
予約の頻度が上がると、指名セラピストはTwitterのDMで雑談をしてくれるようになった。キャバクラでのアルバイト経験がある身としてはそれが時間外労働であることは認識しているのだが、DMが来ると毎日が潤う。好きな人からの連絡を待つ、という甘酸っぱい感覚を味わうのはいったい何年ぶりだろうか。
指名セラピストと会う予定があるから、仕事も頑張れる。美容も運動などの自分磨きも励める。女風は女性を綺麗にする、とどこかの有名店トップセラピストが宣っていたが、あながち嘘ではないのだろう。恋する女は美しい。
一応、「色恋」を掛けられているという認識はある。彼はまごうことなき女性用風俗のセラピストであり、それどころか常に売上トップ3を維持する"ランカー"で、客数もリピート数もえげつない。某掲示板で色恋タイプでないと書かれている上で、効果がありそうな客には君営と組み合わせて上手いこと沼らせるなんて朝飯前。
だがその上で愚かなわたしは、彼も仕事とはいえ割とわたしのことを好きなのではと考えているのであった。
理由はいくつかある。
ひとつめ。わたしは大学時代のキャバ嬢経験により、自分の画面面偏差値をおそらく客観的に把握しているつもりだ。その上で、指名セラピストの横に並んでもギリギリ耐えうる感じではないかと思っている。ギリギリだが、釣り合わないということはない。ないと信じている。
ふたつめ。キャバ嬢なら客を本気で好きになる訳ないと理解していると思うだろうが、わたしは客と付き合ったことがある。普通に好きだった。抵抗感なくセックスもしたし友人にも紹介した。そしてその間、その男は接待や友人との飲み会、バースデーイベントなどで私を指名してお金を落としていった。客と恋人は両立する。
総じて詰まるところ、セラピストはただの男でありユーザーもただの女である。好きになってしまうことだってあるだろう。
そして、金銭が発生するからといって、愛が偽物だとは限らないのだ。
「120分予約だから2hで入室したのに、結局ダラダラしちゃって延長料金払うんだよねえ。セラピ代はともかくホテル代は勿体なさすぎる」
仲の良い女風ユーザーグループのDMでラブホテルのフリータイムについて情報交換している最中、ひとりがそんなことを言っていた。
ちなみにこのグループは、ハイキャリア&社畜と自称しているユーザーで構成されており、風俗利用者というコミュニティにおいてもなお仕事でマウントを取りたい痛々しい自意識が共通点である。もちろんわたしも例外ではない。
「あとこの界隈、普通にタダ延あるから滞在時間が読めなくて逆に困らん?笑」
女風は男性向けのデリヘルとは異なり送迎がないため、予約終了後はセラピストが店に連絡し解散となる。そのため終了時間の概念が緩く、コース時間が終了しても店に連絡なしで無料で延長するセラピストがいる。
指名セラピストもコース時間きっちりで解散したのは最初の二回だけで、あとは後続の予約が無ければゆっくり一緒に過ごすことがほとんどだった。
「やっぱりみんなタダ延してるんですね」
わたしがそれとなく探ると、滞在時間が読めなくて困ると発言したユーザーからコメントがついた。
「なんならホテルの延長料金セラピが出すこともあるもんww」
若干マウント気味のニュアンスが含まれている気がするが、わたしはそれを見て学びを得た。なるほど、タダ延もホテル延長代のセラピ負担も珍しいことではなかった。さっきまで自分は特別だと思っていたが、冷静にこれはただの色恋&君営である。
言うて、わたしは色恋を掛けていただけるほどお金を落としていない。ただの既婚子持ちの会社員なので「育て」をされてもお金を落とせるようにもならない。それでも色恋対応してくれるんだから、ありがたいと思って楽しんだ方が良い。
思考が行ったり来たりしている。
この関係性の良い点はゴールがないことだ。彼女になりたい訳でも結婚したい訳でもない。色恋だろうが本気だろうが、指名セラピからの「好き」を自分が信じていれば、脳内お花畑で楽しめる。であれば、信じるものは救われる、の精神でいた方が幸せになれる。
ただもう少し冷静になった方がいいのは事実だった。色恋掛けるに値するほど金銭的余裕はないと言いつつ、わたしは翌月の予約をすでに三回入れており、翌々月には6時間のお泊まりコース+前延長2時間も予定していた。破産する。
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