第27話 嘘と真実

 常に不安が付きまとい、ファルクス村までの道のりはやけに遠く感じられた。いくつかの町を経由し、村の一つ手前の町にある小さな宿で休息を取る。ここは皇都に来る時も立ち寄ったので、朝に出発すれば村に昼過ぎには着く予定だ。


「みんなを守ってね」

 リンネアは深紅の焔獣を膝に乗せ、その柔らかな頭を優しく撫でた。気が動転していたのか、あれもこれもと鞄に詰め込んだのはいいが、なぜかぬいぐるみまで詰め込んでいたらしい。最初の宿で鞄を開けてひっくり返りそうになってしまった。


 けれど、宮殿に引き返す時間も惜しいので、開き直って抱きかかえながら移動している。


 ――これがあれば、魔法を使っても聖剣の加護だとごまかせるものね。


 軽い朝食を済ませて宿を出ると、馬車の前にいた護衛たちの顔ぶれが昨日までと変わっていることに気づいた。


「おはようございます。昨夜までの護衛の方たちはどちらへ?」


「おはようございます、リンネア様。長旅のため、もともと途中で交代する予定だったのですが、到着が遅れて申し訳ありません。昨夜合流したので、本日から我々があなた様をお守りいたします」

 彼らは揃って頭を下げる。


「すみません、通常の業務ではないのについてきてもらって……」

 夜の移動だったので護衛をつけてもらったと思っていたが、翌日からは日中だけの移動なのに彼らもずっと一緒だった。


 きっと守るというのは表向きの理由で、本当はリンネアが逃げ出さないように見張っているに違いない。聖剣フランムルージュを持ったままだし、当然のことだろう。  


「いいえ。これが我々の仕事ですので。では早速出発いたしましょう」

 彼らはそう言ってリンネアを馬車に促した。


 中に乗り込むと、隣に護衛の一人が腰掛ける。向かいの座席にも一人、男が座った。淡い銀灰色の髪を肩のあたりまで伸ばした男はリンネアをじっと見つめていたが、目が合うとすぐに視線を逸らされた。


 今度の護衛たちは無口で、リンネアが何か質問しても短く答えるだけ。気まずい時間は余計に時間が経つのが長く感じる。それでも今日中に村に着くという希望でなんとか気を張っていた。


 ――あと、どのくらい?


 気のせいか道が険しく、馬車が大きく揺れることが増えてきた。景色もどこか違って見える。だが道が違うのではと確信を持てるほど知識があるわけではない。何かおかしいとは思うものの確証はなく、不安だけが心の中で膨らんでいく。


「この道で合っているんですか?」


「ええ。間違いありません」

 隣の護衛は即座に頷く。しかしどうにも納得しきれない。


 馬車は相変わらず進み続け、リンネアの不安は徐々に大きくなっていった。周囲の景色は次第に険しくなり、道は細く曲がりくねっていく。


「一度馬車を止めていただけませんか? 昼過ぎには村に着けるはずだと宿で聞きました。でももう日が傾いてきています」

 馬車から降りて、護衛の目の届かないところで探索の魔法を使おうと思ったのだ。風の力で人の気配などを探れるものがあるが、動きながらでは辿りにくい。


「このまま進みます」


「でも、なんだか気になるんです! ここで降ろして……」

 扉に手を伸ばした瞬間、隣にいた護衛が強い力でリンネアを羽交締めにした。


「きゃあっ!」

 驚いて振り向くと、彼は無表情で彼女の体を押さえつけている。


「離し……」

 声を上げようとしたその時、向かいの座席に座っていた男が俊敏に立ち上がり、リンネアがハッと目を見開いた時には、冷たい金属の感触が首に巻きついていた。


「な、何っ……」

 腕を上げようとしたけれど、隣の護衛(いや、もはやただの暴漢)にがっちりと掴まれて動けない。


「おとなしくした方が身のためだぞ、魔女」

 銀灰色の髪の男はそう言いながらニヤリと口角を上げる。


 カチリと何かが嵌った音が首の後ろで聞こえ、その瞬間、強い眩暈を感じで手足どころか全身がひどく重く感じられて、動揺する。


 ――この男、今、魔女だと口にした?

 心臓が激しく鳴り響き、胃の辺りがムカムカしてきた。


「これは……何?」

 リンネアは声を震わせながら問い詰めた。


「気分が悪そうだな。この魔導具に反応するのは魔力をもつ者だけだそうだ」

 男はおもしろそうにリンネアの頬を指でなぞる。ぞわりと怖気おぞけが走った。


「あなたたちは何者なの?」

 その指から逃れるように震えながら顔を逸らす。


「教える前に忠告してやる。その首輪は強い魔力を感知すると暴発して砕け散るのだそうだ。お前の首もろともな。だから余計なことは考えない方がいい」

 つまり、魔法を使ってここから脱出することは不可能と男は言いたいらしい。


 リンネアは震える手でそっと首元を触った。ざらりとした感触がある。鉄のような冷たい素材に何か文字が刻んであるようだ。


「無理やり外そうとしても無駄だぞ。鍵は我が王宮の宝物庫の中だからな」


「王宮?」


「ああ。俺はハルトル・リジェス。ネベルゴン国の王子だ」

 ハルトルはそう言って椅子にふんぞり返る。


「ネベルゴン国……って、どこにあるの?」

 そもそもエインヘリア帝国のことすら理解していないのに、他の国など知る由のない。


「知らなくてもいい。もうすぐ橋を渡り、我が国の領地に入る。しかし聖剣を抜くなら魔女だろうと思っていたが、まさか本物だったとは恐れ入った」

 彼はおかしそうに笑いだした。


「魔女の力は一般兵士の何倍にも匹敵する。我が国はその力を使って他国と戦を繰り返し、勢力を拡大していった。だが、ある日忽然と魔女は姿を消した。どこへ行ったのか、いくら探しても見つからず、その間に周囲の国から攻め込まれ衰退」

 ハルトルの流暢な言葉を聞きながら、リンネアは青ざめた。


 ――まさか、これが隠れて暮らさなくてはいけなくなった理由なの?

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