第23話 お茶会

 贈り物の山を前にして、リンネアはため息をついた。まるで、それらに囲まれることで彼の存在感がますます増していくかのように感じられたからだ。


 そんなある日の午後、リンネアが部屋の窓辺で贈り物のひとつ、緻密な刺繍が施されたショールを手に取って眺めていると、エリダがやってきた。


 「リンネア様。皇帝陛下の妹君、ユーリア様からお茶をご一緒にとのことですが、いかがなさいますか?」


「えっ、ユーリア様が?」

 リンネアは驚き、少しの間返事をためらった。


 たしか建国祭の夜に紹介された皇女で、ふわふわの柔らかな金髪がいかにもお姫様然としてみえたのを覚えている。


「はい。ユーリア様は大変優しく、気さくな方でございます。どうぞ、ご安心ください」

 エリダの言葉に、リンネアは小さく頷いた。


 ――婚約も義理なら、こうした交流もまた義理の一環かもしれないわ。

 ユーリアは快活そうな印象だった。同性だし、ラーシュよりは話しやすいだろう。


「わかりました。ぜひお茶会に参加させていただきます」

 そう言うと、リンネアは迷ったあげくにショールをそっと肩にかけ、エリダの案内で部屋を出た。


 リンネアが彼女に連れられて到着したのは、宮殿の奥深くにある庭だった。


「静かなのね」

 使用人の姿はおろか、衛兵の姿もほとんど見えない。


「ここは王家の人間しか入ることが許されていない特別な場所ですので」

 エリダ曰く、不審な人物がいれば、たどり着く前の段階ですでに取り押さえられるので、ここには警備の人間もほとんどいない秘密の場所らしい。


 庭園の一角にガラス張りの温室があった。差し込む柔らかな日差しが、色とりどりの花々を照らし出し、緑豊かな植物が溢れる空間には静寂と穏やかな空気が漂っている。


 その入り口にたたずむユーリアに、リンネアは息を呑んだ。


 ただ立っているだけなのに品の良いオーラが滲み出ている。にこりと微笑む様子は花の妖精のようだ。


「お義姉さま……あ、そうお呼びしてもよろしいわよね? お待ちしていたわ」

 ころころと鈴を転がしたような声で歌うように呼びかけられ、うっかり頷いてしまう。


「ユーリア様、こちらこそお招きいただきありがとうございます。とても……美しい場所ですね」

 リンネアは景色に感嘆しつつ言葉を返した。


 ユーリアは軽く頷き、彼女を温室の中央に置かれたテーブルへと案内してくれる。そこには、繊細なティーセットと共に、見るからに特別なお菓子が並んでいた。


 まず目を引いたのは、宝石のように輝くフルーツタルト。鮮やかな赤のラズベリーや深い紫のブルーベリー、甘酸っぱそうなオレンジのスライスが、美しいパターンを描きながらタルトの上に並べられている。きつね色のタルト生地は、バニラの香りが豊かに漂い、食べる前からその香ばしさと美味しさが想像できた。


 次に目に留まったのは、ひとつひとつが精巧に作られたプチ・フールの盛り合わせ。小さなチョコレートケーキには金箔が飾られ、甘いナッツの香りが広がっていた。柔らかいスポンジ生地と濃厚なガナッシュクリームを見ていたら、先日ラーシュにもらったチョコレートの甘さを思い出して口の中がすでにもうその味でいっぱいになる。


 ケーキスタンドにはさらに他の菓子も載っていた。クリームをたっぷりと詰め込んだエクレア。サクッと焼き上げられたシュー生地に、なめらかなカスタードクリームが贅沢に挟まれており、その上には薄く砕いたピスタチオがトッピングされているらしい。噛むたびに広がるクリームの甘さとナッツの風味が、思わず笑みを誘うに違いないと思ったらお腹が鳴りそうになった。


 最後に、特製のスコーンが目に入る。ほのかにバターの香りが漂うスコーンには、クロテッドクリームと手作りのジャムが添えられていた。ジャムは季節の果実を使ったもので、クリームとの相性は抜群だろう。


「ここは私のお気に入りの場所なの。自然に囲まれながら過ごす時間が、何よりの癒しになるのよ。お義姉さまも、兄のお堅い顔を見飽きたらこちらへいらしてね」

 ユーリアはくすくすと笑いながらティーポットを手に取り、リンネアのカップに紅茶を注いだ。温かな蒸気が立ち上り、豊かな香りが辺りに広がる。


「お気遣いありがとうございます。ぬいぐるみを聖剣の姿に戻すまでの間ですし、なんとかなると思います。あ、紅茶いただきます」

リンネアはその香りに心をほぐされながら、ゆっくりとカップを口に運んだ。


「……聖剣の姿に戻すまでの間?」

 ユーリアがポットを持ったまま固まる。


「陛下と約束したんです、最後まで聞いていたかどうかわかりませんが」

 きょとんとした顔でリンネアは答えた。


「嘘でしょ? だってお兄様はずっとそばにいてくれると返事をもらったって話していたわよ?」


「ええと、聖剣を元の姿に戻す間はずっとそばにいますという意味です」


「リンネア様は……兄のどこがお気に召さなかったのかしら?」

 ユーリアはすとんと椅子に腰を落とすと、深刻そうな目つきでこちらをじっと見つめてきた。


 似ていないかもと思ったが、やはり兄妹――その冷たいオーラには見慣れすぎている。


「気に召さないとか、そうわけではなくて……。私、そもそも結婚に興味がないので」

 リンネアは苦笑いを浮かべた。


「結婚に興味がない!?」

 まるで珍獣を見つけたみたいに目をまん丸くしたユーリアは、リンネアの言葉を繰り返す。


「つまり、兄のことを嫌っているわけではないということなのね?」


「……陛下は何も悪くないですからね。むしろ抜いた聖剣をぬいぐるみに変えた私に対する寛大なお心に感謝いたします」


「では問題ないわ。これから好きになってもらえばいいのだから……」

 ユーリアが小さな声で呟いたが、リンネアの耳には届かない。


 黙り込んでしまったユーリアの様子に不安になったリンネアが口を開きかけた時、遠くから足音が聞こえてくる。


 温室の扉が開かれる音と共に振り返ると、そこには威厳と洗練を兼ね備えた装いのラーシュが立っていた。


「待たせたな、リンネア」

 ラーシュは温室に足を踏み入れ、リンネアとユーリアに向けて軽く頭を下げる。以前と変わらず鉄仮面のように表情を崩さないが、雰囲気は少し柔らかく感じたのは周りにある緑のおかげだろうか。


 ――なんで陛下がここに!?


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