3章 仮初の婚約と義理の愛
第21話 いちゃいちゃ再び?
「なっ……ななな、なんで陛下が私のベッドに!?」
びっくりして飛び起きると、たちまち世界がぐるぐると回るような眩暈に襲われ、倒れたところをラーシュの逞しい胸元に受け止められる。
「まだ少し熱があるようだ。無理はするな」
後ろから大きな手が額に当てられるが、たぶん熱いのは病気のせいではない。
これ、くっつきすぎじゃない?
未婚の男女がベッドの上でゼロ距離なんて、不健全極まりない。
――いちゃいちゃ。
アスゲイルの言葉を思い出してから、ぶんぶんと大きく首を横に振る。すると余計に眩暈がひどくなり、ラーシュにしっかりとしがみつく形になってしまった。
「離れたくない気持ちは俺も同じだが、職務を放棄するわけにはいかない。昼にはいったん様子を見に来る。それまでおとなしく待ってるのだぞ」
そういうつもりで袖をつかんだわけではないのに優しく頭を撫でられて、リンネアは目が点になる。
――私、熱のせいでおかしな幻覚でも見ているのかしら?
そういえば夢の中にラーシュが出てきたような気もする。優しく声をかけてくれたり、抱きしめてキスをしてくれたり……。
――いやいや、夢だし!
唇が触れあうような感覚を思い出して、また顔が真っ赤になる。
どうしてそんな夢を見たのだろう。
願望だったら自分をひっぱたいてやりたい。最後の魔女に伴侶は必要ない。恋だってしないと決めたのだから。
うるさい心臓、早く鎮まれ!
「と、とにかく! 早くベッドから下りていただけませんか?」
リンネアはぎゅうっとラーシュの体を掌で押し返した。すると彼は素直にベッドから下りてベッドの傍らに立った。
「私、どうやっても聖剣を元の姿に戻せないみたいです。だから煮るなり焼くなり好きにしてください!」
できれば痛い思いをせずに一瞬で、と心の中で付け加える。
「俺の好きにしていいとは……リンネアは意外と大胆なのだな……」
なぜかラーシュは目線をずらして口元を手で覆い、困ったように眉を寄せた。
何かひどく誤解をしているように思えたが、どうしてこうなったのか彼女には見当がつかない。
けれどその表情は、処刑の方法を考えているような残忍なものには見えなかった。どちらかというと照れているようにも感じて、ますますわけがわからなくなる。
「では、またあとで様子を見にくる」
ラーシュはそう言って部屋を出ていった。
「……どうやら首の皮一枚つながった感じ?」
リンネアは長いため息をついた。
「思っていたよりも冷血漢……でもないのかな」
きっとリンネアが病人だから心配しているだけだ。弱っている人間にはさすがの冷血皇帝も優しさを見せるのだろう。
「まさか……これが処刑の布石なのかも!」
死ぬ前にせめてもの慈悲を与えてやろうという考えなのかもしれない。
「ああぁ……やっぱりあの人怖いよぉ」
リンネアは紅蓮の焔獣のぬいぐるみを抱き締めると、その柔らかな毛並みに顔を埋めた。
「おはようございます、リンネア様」
べそをかいていると、侍女のエリダが寝室の扉をノックして入ってきた。
「お、おはよう」
「お体の具合はいかがですか? 丸一日高熱でうなされておりましたので、目が覚めて本当によかったです」
エリダは用意した洗面用具で体を拭いてくれたり、新しい服に着替えさせてくれたりした。休養が優先とみたのか、きついコルセットはない。
「陛下はいつから……ここに……」
「昨夜です。中庭にお倒れになっていたリンネア様をここまで運んでくださったのも陛下ですよ。とても気にかけていらして、日中も何度かお熱が上がるたびにお薬を飲ませにいらして……」
「薬?」
全然記憶がないが、リンネアが問うと、エリダはハッとしたように顔を逸らした。
「何か知ってるのね? 陛下が変に優しいのも何か理由があるんだわ」
「リンネア様はご婚約者であらせられますから、陛下のご心配はもっともなのです」
エリダは滅相もないと首を横に大きく振る。
記憶はないけれど、なんだか妙にリアルなキスの夢。薬を飲ませたのはラーシュだという。
「もしかして……薬って、陛下が……」
リンネアがそう言いながらエリダを見ると、彼女は恥ずかしそうにうなずいた。
「口移しで。とても大切に想っていらっしゃるんだなあと感動いたしました。陛下は恐ろしい方だと思っていたので見方が変わりました」
うふふとエリダは嬉しそうに顔をほころばせる。
――信じられない。生まれて初めてのキスだったのに!
リンネアはいたたまれなくなって、シーツを頭からすっぽりとかぶるとベッドにもぐりこんだ。
――落ち着くのよ、私。これは事故。ただの医療行為。救命措置。
夢と現実がごちゃ混ぜになった記憶の中のキスは優しくて温かくて、自分に都合のいい思い出にすり替わってしまっているだけだ。
きっと冷血皇帝は自分の手で聖剣をぬいぐるみに変えてしまった田舎娘を葬り去りたかっただけだ、病気で死なれては困るからやむなく助けただけ。
冷徹で無情な人なのでしょう?
そう思わないと、何かが胸の奥から溢れてしまいそうで――。
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