第16話 いちゃいちゃ
「勝手に話を進めるな」
荒ぶる吹雪のオーラが突きつけられ、思わず目を眇める。
「それ、そっくりそのままお返しします」
負けじとリンネアは、自分よりも背の高い彼を見上げる形で睨み返した。
「ヴァロケイハス家の顔に泥を塗るつもりか?」
「そんなつもりはありませんよ。でも、まあ恥ずかしいですよね、いい年した男の人が恥ずかしげもなくぬいぐるみを抱っこして、これが聖剣だなんて紹介できないのもわかります」
リンネアはニヤッと笑って、彼から目を逸らす。
「お前が聖剣を抜いた乙女でなければ命を落としていたぞ」
冷徹な表情で凄まれても、もう嫌われているのは明確なので、なんだかもう感覚がマヒしてしまった。
「別に……どうぞ。自由に生きたいと思っていたけど、私なんて存在しない方が世界の為なんじゃないかとも思うので」
自分さえいなくなれば、魔法を悪いことに使おうとしている人間を困らせることができる。死ぬ前に一つくらい人の役に立てるなら本望。
リンネアの言葉に、ラーシュの瞳がかすかに揺れる。
だが彼が何かを言う前に、別の声が飛んできた。
「ねえ、いちゃいちゃするなら部屋でしてくれないかな?」
アスゲイルがおもしろそうに目を細めながらこちらを見ている。
「いちゃいちゃ……」
リンネアはぽつりとつぶやいてから、頬を膨らませた。
「していません!」
「していない」
きっぱりと答えた言葉は、リンネアとラーシュ二人の口から同時に飛び出し、またアスゲイルとユーリアが顔を伏せて笑いだす。
「やはり運命の二人ですわ。息がぴったりですもの」
「ああ、本当に。兄上がこんなにムキになるところを見られる日が来るなんて」
なんとも明朗快活なきょうだいだ。ラーシュにもこの明るさを分けてあげてほしかった。
「……そのぬいぐるみを貸せ」
ラーシュの冷ややかな瞳がこちらを貫く。
「
リンネアはそう言って、差し出してきたラーシュの手にぬいぐるみを渡した。
彼はそれを受け取ると、再びバルコニー席の前方へ戻っていく。
――どうするつもり?
リンネアは壁際に残ったまま、彼の後ろ姿を見つめた。
「今はぬいぐるみの形をしているが、これが聖剣である。よみがえりし伝説の剣の名は『フランムルージュ』だ!」
なかばやけくそ気味としか思えない口調で朗々と宣言したラーシュは、その赤褐色の動物のぬいぐるみを高々と頭上に掲げる。
リンネアのいる位置から下のフロアが見えなくても、ざわざわと戸惑う雰囲気が伝わってきた。
――本当に人は目で見えるものしか信じられないのね。
このままでは本当にラーシュが威厳を失ってしまう。さすがにリンネアもそこまで望んでいるわけではない。
「そうだ……一か八かだけど」
リンネアは軽く息を吸い、素早く天井に向かって人差し指を振り、簡単な魔方陣を描いた。
「光よ、舞え。リョスヴィーファ」
誰にも聞かれないように口の中で素早く詠唱すると、天井にいくつも下がっているシャンデリアの先から光の粒がキラキラと舞い降り始めた。
「あれは、何!?」
それに気づいた人々が頭上を見上げ、驚きの声を上げる。
磨かれた水晶に反射した光は不思議なことに火の粉とは違い、辺りに落ちてくることはない。ただ、一定の高さで消えては、またさらさらと雪のように降り始める。
それはとても幻想的で美しい光景だった。人々の口から、ほうっと感嘆のため息が漏れる。
「どういうことだ?」
ラーシュも眉をひそめて、家族と顔を見合わせた後、こちらを向いた。
「聖剣の加護ですよ! 帝国の未来は安泰ってことじゃないですかね?」
リンネアはにっこりと笑った。
すると、大広間の方でもその情景に感動した人々から、称賛の声が上がり始める。
まばらだった拍手がだんだん嵐のように広がり、人々はバルコニー席に向かって熱心に喝采を送っているようだ。大広間に響く拍手は、この場にいるすべてを揺るがすようにいつまでも続く。
「どうか、今宵の宴を心行くまで楽しんでくれ。これが我が国の繁栄を祝う場である」
ラーシュがそう締めくくると、会場全体が祝福と興奮に包まれ、人々の手に杯が掲げられた。彼と帝国への尊敬と忠誠を示すその光景は、いずれ後世に語り継がれるものとなるにちがいない。
最悪な事態は免れたようで、リンネアはホッと胸を撫で下ろした。
やがて祝宴が始まると、ラーシュはくるりとリンネアの方を向く。
どうだと言わんばかりに眉を吊り上げ、清々しいまでに偉そうな顔をした彼を、怖いというより少しだけかわいいと思ってしまったのは、その腕に抱いている『
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