第15話 聖剣はここにあります

 バルコニー席に入ると、大広間が一望できた。壮大で、どこまでも続くような広さだ。壁一面には豪華な装飾が施され、シャンデリアが輝きを放っている。下のフロアには、華やかな衣装を身にまとった人々が集まり、ざわめきが広がっていた。


 彼らの視線が一斉にこちらへ向けられ、大舞台にも窮屈な服装にも慣れていないリンネアの心臓が早鐘のように打つ。


 ラーシュの方はその視線をまるで気にすることなく、中央の席に堂々と立った。


 彼の隣に並んだリンネアは、彼の腕からそっと手をはずして、ぎゅっとぬいぐるみを抱く。


 ――うん、やっぱりモフモフの方が安心するわ。


 ラーシュが会場を見渡し静かに手を上げると、演奏とさざめきがピタリと止み、大広間は静寂に包まれた。


「皆、今日という日を迎えるにあたり、このエインヘリア帝国の繁栄に尽力してくれたことに感謝する。建国祭を祝うこの宴が、ただの祝い事に終わらず、さらなる栄光への一歩となることを望む」

 彼の声は低く、冷たいほどになめらかで威厳を感じさせる。ただ響くだけではなく、その場の空気をピンと張り詰めさせる力を持っていた。


 会場の人々がラーシュの一言一句を聞き逃すまいと、耳を傾けているのがわかる。


「それともう一つ。すでに耳に入れている者もいるかもしれないが、本日この地において、聖剣が抜かれた」

 ラーシュの言葉に、喜ぶ者、驚く者、不安がる者、さまざまな反応が見られた。だが、ラーシュ自身は一切の感情を表さず、鋭い目を人々に向けるだけだ。


「聖剣を抜いたのはここにいるリンネア・ライネ嬢。言い伝えに則り、彼女を我が婚約者とする」

 その宣言に、会場内からは盛大な拍手が湧きおこった。


「なっ……何を勝手に……っ」

 聖剣を元に戻すまでの期間限定の婚約なのに、こんなにたくさんの人間がいる前で言ったら大事おおごとになってしまうではないか。


 慌てるリンネアをよそに、早速、会場は「帝国万歳!」と盛り上がっている。


「聖剣を見せていただくことはできませんか?」

 出席者の中の一人が、そう声を上げる。


「我々が何を目指すべきかは明確だ。この国の未来を切り開くこと、そして平和を守り続けることだ」

 明らかに耳に届いているのに、ラーシュはその声を無視した。


 てっきり紹介すると思ってこの場に持ってきたのに。


 ラーシュが杯を手に取り、挨拶を終わらせようとしているのを見て、リンネアはバルコニーの柵を掴み、ぬいぐるみをその手すりに乗せた。


「聖剣はここにあります! これです! 今はぬいぐるみの姿をしていますが、絶対に元に戻して私は婚約解消しますので!」

 お腹の底からいっぱいに声を張り、ぬいぐるみをみんなに見えるように胸に抱いてアピールすると、会場内は一気にしんと静まり返った。


「公開処刑」

 アスゲイルが笑いをかみ殺しながら小さく呟く。


「お義姉様、おもしろい方……」

 隣のユーリアは肩を揺らしている。扇で顔を隠しているけれど、笑っているようだ。


 その二人をイングリッドが視線でたしなめている。


 そんなことを言っても、こちらも本気だ。勝手に公で婚約宣言した意趣返し。


「おい。ちょっと来い」

 ラーシュは突然リンネアの腕を掴むと、バルコニー席の後ろの壁に追いやった。

 ここは角度的に下からは見えない。


 やっぱりここで公開処刑ですか?

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