第12話 気の合う二人?

「貴様……勝手に話を進めるな」

 地の底から唸るような荒ぶる吹雪のオーラがラーシュの方から吹きつけてくる。


「それ、そっくりそのままお返しします」

 思わず目を眇めるが、負けじと自分よりも背の高い彼を見上げる形で睨み返した。


「ヴァロケイハス家の顔に泥を塗るつもりか?」

 彼の柳眉がこれでもかと吊り上がる。


「そんなつもりはありません。でも、まあ恥ずかしいですよね、いい年した男の人が恥ずかしげもなくぬいぐるみを抱っこして、これが聖剣だなんて紹介できないのもわかります」

 リンネアはニヤッと笑った。


「……貴様が聖剣を抜いた乙女でなければ、命を落としていたぞ」

 冷徹な表情で凄まれても、さきほど謁見の間で感じたまでの恐怖は感じない。


 嫌われているのは明確なので、なんだかもう感覚が麻痺してしまった。


「別に……どうぞ。自由に生きたいと思っていたけど、私なんていない方が世界の為なんじゃないかとも思うので」

 自分がいなくなれば、魔法を悪いことに使おうとしている人間を困らせることができる。それはそれで平和への近道なのではないだろうか。


 リンネアの言葉に、ラーシュの瞳がかすかに揺れる。


 だが彼が何かを言う前に、別の声が飛んできた。


「ねえ、いちゃいちゃするなら部屋でしてくれないかな?」

 アスゲイルが、おもしろそうに目を細めながらこちらを見ている。


「いちゃいちゃ……」

 リンネアはぽつりとつぶやいてから、頬を膨らませた。


「していません!」

「していない」

 きっぱりと答えた言葉は、リンネアとラーシュ二人の口から同時に飛び出す。


 アスゲイルとユーリアが「やっぱり気が合い過ぎる!」と顔を伏せて笑いだした。


「運命なのですわ。息がぴったりですもの」

「ああ、本当に。兄上がこんなにムキになるところを見られる日が来るなんて」

 なんとも明朗快活な弟妹だ。ラーシュにもこの明るさを半分でいいから分けてあげてほしかった。


「……その狸が本当に聖剣なんだな? 貸せ」

 ラーシュの冷ややかな瞳がこちらを貫く。


深紅の焔獣フランムルージュ、です」

 リンネアはそう言って、差し出してきたラーシュの手にぬいぐるみを渡した。


 彼はそれを受け取ると、再びバルコニー席の前方へ戻っていく。


 ――どうするつもり?

 リンネアは壁際に残ったまま、彼の後ろ姿を見つめた。


「今はぬいぐるみの形をしているが、これが聖剣である。蘇りし伝説の剣の名は『フランムルージュ』だ!」

 半ば自棄やけとしか思えない口調で朗々と宣言したラーシュは、その赤褐色の動物のぬいぐるみを高々と頭上に掲げる。


 リンネアのいる位置から下のフロアが見えなくても、ざわざわと戸惑う雰囲気が伝わってきた。


 このままでは本当にラーシュが威厳を失ってしまう。さすがにリンネアもそこまで望んでいるわけではない。


「そうだ……一か八かだけど」

 リンネアは軽く息を吸い、素早く天井に向かって人差し指を振り、簡単な魔方陣を描いた。


「光よ、舞え。リョスヴィーファ」

 誰にも聞かれないように口の中で素早く詠唱すると、天井にいくつも下がっているシャンデリアの先から光の粒がキラキラと舞い降り始めた。


「あれは、何!?」 

 それに気づいた人々が頭上を見上げ、驚きの声を上げる。


 磨かれた水晶に反射した光は不思議なことに火の粉とは違い、辺りに落ちてくることはない。ただ、一定の高さで消えては、またさらさらと雪のように降り始める。


 それはとても幻想的で美しい光景だった。人々の口から、ほうっと感嘆のため息が漏れる。


「どういうことだ?」

 ラーシュも眉をひそめて、家族と顔を見合わせた後、こちらを向いた。


「きっと聖剣が起こした奇跡ですよ! 帝国の未来は安泰ってことじゃないですかね?」 

 リンネアはにっこりと笑った。


 すると、大広間の方でもその情景に感動した人々から、称賛の声が上がり始める。

 まばらだった拍手がだんだん嵐のように広がり、人々はバルコニー席に向かって熱心に喝采を送っているようだ。大広間に響く拍手は、この場にいるすべてを揺るがすようにいつまでも続く。


「――どうか、今宵の宴を心行くまで楽しんでくれ。これが我が国の繁栄を祝う場である」 

 気を取り直したラーシュがそう締めくくると、会場全体が祝福と興奮に包まれ、人々の手に杯が掲げられた。


 彼と帝国への尊敬と忠誠を示すその光景は、いずれ後世に語り継がれるものとなるにちがいない。


 最悪な事態は免れたようで、リンネアはホッと胸を撫で下ろした。 


 やがて祝宴が始まると、ラーシュはくるりとリンネアの方を向く。


 どうだと言わんばかりに眉を吊り上げ、清々しいまでに偉そうな顔をした彼を、怖いというより少しだけかわいいと思ってしまったのは――その腕に抱いている赤褐色のもふもふのせい、ということにしておこう。

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