第12話 皇妃になんてなるものですか!

 湯あみを終えてさっぱりしたリンネアの身を包んでくれたのは、シルクのローブである。蕩けるようになめらかで軽い。


「あの、ところで私の服は……?」

 エリダの後をついていくと、そこはさきほど説明のあった両陛下の寝室という部屋だ。


 ――結婚したら、ここであの冷血漢と……?

 リンネアは何かを想像しかけて慌てて首を横振った。


 絶対、絶対、皇妃になんてなるものですか!


「それでしたらお洗濯に出しましたのでご安心ください。それと、建国祭にいらっしゃった貴人、要人の方々を招いた祝賀会がこの後開かれますので、お時間に間に合うようにお支度いたしましょう」

 エリダは大きなクローゼットを開き、中から一着のドレスを選んでベッドに広げた。深い青色のドレスだった。


「これを……着るの?」

 リンネアは思わず後ずさってしまった。


 パッと見ただけで、普段着ているものとは比べ物にならないほど上質だとわかる。


「はい。リンネア様の体型でしたら、こちらで大丈夫かと思います。これから毎日お召しになる物は、仕立て職人を呼んでちゃんとサイズを合わせますので、ご心配なさないでくださいね」


 心配しているのはそこじゃないんだけど。


 ドレスなんて似合わないに決まっているし、ここで何日も過ごすつもりもないから、新しい服を作ってもらう必要もない。


「着替える前に少し御髪を整えますね」

 エリダはそう言ってリンネアをドレッサーの前の丸椅子に座らせると、伸ばしっぱなしの前髪に軽快に鋏を入れていく。


 こういうのは理髪師に頼むのではないかと思ったが、侍女とはなんでもできないといけないらしい。魔法薬作りしか能がないリンネアに、王宮勤めはやはり向いていなそうだ。


「できましたよ。お顔周りの髪を結いあげて耳飾りが見えるようにするとよさそうですね」

 エリダは他の侍女たちとすでに次の準備の相談をしている。


 鏡をのぞくと、なんだかいつもの自分ではないような印象を受けた。家にある小さな鏡は曇っていたし、ひび割れていて、そもそもちゃんと見たことがないのだけど。


 眉の上あたりで綺麗に揃えられた前髪、胡桃みたいな丸い目、あまり日の当たらない生活をしているせいか不健康そうな白い肌、童顔……といえばそうなのかもしれない。


「では、早速こちらにお召し替えを」

 そう言って、侍女たちが素早く下着やコルセットなどをリンネアの細い体に巻いていった。


「え……これ、もしかして、もう拷問が始まってる……の?」

 あまりの窮屈さに息が止まりそうになり、涙すらせき止められる。


「だんだん慣れますから」

 エリダはにっこりと笑いながら、非情にもさらにきゅっと締め上げてきた。


「ぐぇっ」


 蛙が踏みつぶされたみたいな悲鳴が零れたが、エリダたちはおかまいなしにドレスを重ねていく。


 絶対、絶対、皇妃になんてなるものですか!


 ドレスのデザインだけは素敵だった。

 夜空に瞬く星々を思わせる、深い静寂の中で輝く宝石のような色合いで、私の肌を柔らかく包み込んでいる。


 シルクの生地は光を受けて淡い光沢を放ち、歩を進めるたびに流れる水のようにしなやかに揺れた。その裾には微かな銀糸が織り込まれていて、まるで月明かりが波紋のように広がっているかのように美しい。


「リンネア様、とてもお似合いです」

 侍女たちが満足そうに頷いているが、こちらは息をするのに精いっぱいでそれどころではなかった。


「では次はアクセサリーとお履き物と、お化粧と……」


「まだあるの~!?」


 ――ここでぶっ倒れなかった私を、誰か褒めて。


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