2章 魔法で解決します、ただし内緒で

第11話 お世話係

 ラーシュが行ってしまうと、リンネアも退室することになった。ここから案内役は黒のワンピースに白のエプロンをつけた女性に変わる。リンネアよりも少し年上の落ち着いた印象のある女性だ。


「あなたが聖剣を抜きし乙女様ですね。わたくしは侍女のエリダと申します。本日よりあなた様のお世話をさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします」


「あ……リンネアです。こちらこそよろしくお願いします」


 挨拶を済ませると、エリダは先に立って歩き出した。


 ――どこに連れていかれるのかな。


 進めば進むほど人気ひとけが少なくなっていき、広い回廊のような場所を抜け、宮殿の奥まった場所までくると、ようやうエリダは立ち止まる。


「こちらがリンネア様のお部屋になります」


 エリダが開いた扉の向こうを覗くと、その先にはまるで絵画のように美しい部屋が広がっていた。


「うわ……」


 広々とした空間には、大きな窓から柔らかな光が差し込み、部屋全体を温かく照らしている。


 ふかふかの絨毯の上を歩きながら窓辺に辿り着くと、そこからは美しい庭園が見え、花々が色とりどりに咲き誇っていた。


「そっちにも部屋があるんですか?」


 首を巡らせると、衝立で仕切られた向こうにも通路があるように見える。


「はい。続き間の向こうが浴室と、両陛下の寝室になります」


「両陛下?」


「ラーシュ皇帝陛下と、ご婚約者であらせられるリンネア様です」


 それを聞いて、リンネアは思わずひっくり返りそうになった。


「ち、ちがうんです。これには複雑な事情があってですね……! 婚約はすぐ解消してもらいますからっ」


「そうなのですか? わたくしどもは聖剣を抜いた方を未来の妃殿下として丁重にお迎えせよと仰せつかっておりますが」

 エリダは上品に微笑む。


「私、聖剣を陛下にお返ししたらここから出ていきますので、どうぞおかまいなく」


「かしこまりました……? ですが、祝賀会にご出席する準備を進めよと皇太后陛下より命じられておりますので、そちら進めてまいります」

 疑問形で了承しつつ、エリダは己の使命を全うしようとしていた。どこの馬の骨ともわからないような娘の言い分より、皇帝の母親の命令の方が絶対なのだろう。


 ――あの陛下のお母さんかぁ、厳しい人なのかな。あんまり波風は立てないでおこう。


「まず湯浴みをいたしましょう。それからお支度に取り掛かります」

 エリダが言うと、廊下の方から彼女と同じ服装の女性たちがぞろぞろと中に入ってきた。


 ――全員侍女なのかしら。さすが王族ともなるとこれだけの人数を雇っても給金を払う余裕があるのね。


 ここで働いてもいいかと思ったが、陛下と顔を合わせる可能性を考えたら選択肢から一瞬で消えた。


「こちらへどうぞ」


 エリダに案内されて衝立の向こうの続き間を進むと、大きな浴槽があり、すでに湯が張られている。浴槽の縁には金色の装飾が施されていて、細かいところまで贅が尽くされていた。


 村長の孫娘は皇都で湯浴みをしたと言っていただろうか?

 記憶にない。今度村に帰ることがあったら教えてあげよう。


 普段、川で水浴びをするか、布を濡らして体を拭くくらいしか経験のないリンネアにとって、溢れるほどの湯に浸かるのは贅沢すぎる。


「ところで祝賀会……ってなんのことかしら?」

 浴槽の中で彼女は首を傾げた。


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