第10話 黒歴史(ラーシュ視点)

 だが、愛想がないのは事実なのでラーシュは否定せず黙って聞き流した。


 幼い頃はよく笑い、天使のようだとほめそやされたこともある。しかしあまりにもかわいらしすぎたため母がいたずら心で女の子のドレスを着せたのだ。


 まだ羞恥心が芽生えておらず、母が楽しんでいるという理由でその遊びに付き合っていたら、いつの間にか女装が趣味の皇子だと陰で笑われているのを耳にしてしまった。


 急速に屈辱的なものを感じ、原因を作った母とは一年以上も口を利かなくなる。

 それからというもの、ラーシュは人前で感情を表さなくなり、常に厳しい態度で接するのが当たり前になった。


 愛想のいい皇帝では締まりがないから、むしろこれくらいでちょうどいいのだと彼は思う。


「リンネア嬢が結婚したくないと言っても、聖剣を抜いた以上、我々は彼女を受け入れ、守る責務があるのだぞ」


「そうよ、ラーシュ。今夜のパーティーではあなたの婚約者として紹介するのだから」

 両親はそう口を揃えた。


「いいえ、一番の問題はそこではありません。実は聖剣が狸のようなぬいぐるみに変わってしまったのです」

 リンネアはたしか『深紅の焔獣』と言っていた気がする。見たことも聞いたこともない生き物だ。


「ええっ⁉」

 家族全員から驚きの声が上がり、ラーシュはさきほどの謁見室での様子を説明した。


「なんということだ……」

 父は愕然として、二の句を告げずにいる。心臓によくないことを言ってしまったかもしれない。


「もしあの娘に非があれば、容赦なく斬り捨てますので」

 ラーシュは常に腰に下げているサーベルをちらりと見た。


「いやいや、待てよ。聖剣を抜いたことに変わりはないんだから、やはり特別な娘なんじゃないのか?」

 アスゲイルが首をひねる。


「そうだな。まずはラーシュの婚約者としてヴァロケイハス家に迎え入れよう。言い伝えが本当ならば竜という存在が復活することになる。そちらも各国と連携し、変わった様子はないか探ってもらった方がいい」

 玉座を譲っても、父はまだまだ決断力が早かった。


 ラーシュは家族の言葉を聞きながら、少し考え込む。


「今の帝国軍の力を結集すれば、娘一人いなくとも、最終的に俺が聖剣で竜を一突きで済むと思います。むしろ、素人を戦いの場に行かせる方が足手まとい以外の何物でもありません」

 普段から武芸に秀でている勇ましい女性騎士ならともかく。


「そこはほら、聖剣が守ってくれるとか?」

 ユーリアはふわっと答える。


「なるほど、そういうことかぁ」

 アスゲイルが何かに気づいたように、いたずらっぽく笑って一人で首を縦に振った。


「何がそういうことなんだ?」

 弟が子どものようにふざけた顔をする時は、たいていろくなことを考えていないと知っているラーシュは、彼を軽くにらんだ。


「兄上はリンネア嬢を気に入ったんだろう? だから彼女を危ない目にわせないためにわざと遠ざけるふりをしている」

 その飛躍的思考が時に戦略として機能するのが不思議だが、今日の場合は勘違いも甚だしい。


「まあ、とてもロマンチックね! それとも惹かれた女性に拒絶されて傷ついたのでないの? お兄様は案外繊細ですもの」


 どうも自分が人を寄せつけない人間に育ったせいか、弟も妹もこぞって気楽な性格というか暢気すぎてついていけない。


「どちらも違う。当面は民の目もあるから婚約者として扱うが、聖剣が戻ればあの娘の希望通り婚約を解消する、そう約束済みだ」

 ラーシュは彼らを突き放すように席を立った。


「報告は以上。ではまだ公務が残っておりますので失礼いたします」

 そうして彼は足早に別室を出た。


 家族と話すたびに、改めて心に誓うことがある。


 ――俺がしっかりしなければ。


 ぐっと表情を引き締めたラーシュの歩いた後には、真冬のような冷たい風が吹き抜けたとかなんとか。

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