第9話 家族会議(ラーシュ視点)

 謁見室を後にしたラーシュは、大きな歩幅で宮殿内の廊下を進んでいた。石造りの床は、彼の硬質な足音を響かせる。


 壁には豪華なタペストリーがかけられ、古代の英雄たちの戦いが描かれていた。その中には竜と対峙しているヘリオス一世と聖剣の乙女の姿もある。


 歴史とは、しばしばその時代の人々が自己の栄光を誇示するために、美化され、装飾された記録であることも少なくない。帝国の偉大さを周辺国に示すための英雄譚として竜退治の記述を残し、真実味を持たせるために聖剣を作ったのだと語る者もいた。一度も抜けないのは、復活する竜がそもそも存在しないからなのだと。


 だが、それならば、聖剣が抜いた乙女と王族が結ばれ、復活した竜を再び倒す――という部分は不要ではないかとラーシュは考える。


 つまり、竜は本当に存在して、近いうちに復活する――?


「厄介なことにならなければいいが……いや、すでになっているか」

 謁見室でのやり取りを思い返した彼は、眉間に深いしわを刻んだ。


 言い伝えがどこまで正しいのかわからないので、リンネアが結婚を拒否している以上、娘が盗みに関与していないことが証明され、聖剣がこちらに戻れば、この際家に帰してやってもかまわないと思ったのは本当だ。


 妃が誰になろうとも、興味はない。立場上、決められた相手と婚姻を結ぶのは当然のことだからだ。しかしその理屈は平民には通じないだろう。毎日帰りたいと泣かれては面倒だ。


「それにしても、無謀というか世間知らずというか、この俺を前にしても言いたいことをはっきりという娘だったな」

 長い前髪に見え隠れする、珠のように澄んだあおの瞳が印象的だった。


「盗みを働くような者には見えなかったが……」

 仕掛けはわからないが、娘が聖剣を抜いた途端にまばゆい光に包まれたというし、その隙にぬいぐるみと聖剣をすり替えたとすればありえない話ではない。


 剣だけでも価値のあるものだ。あの場にいた者が動揺している間に盗み出されたかもしれない。

 すでに皇都内に衛兵は向かわせている、何かあればすぐに報告が上がるだろう。


 ラーシュは宮殿の奥まった場所にある別室の前に到着すると、軽くため息をついてから扉を押し開けた。


 広々とした部屋は、淡い青を基調とした落ち着いた雰囲気の壁紙で囲まれ、床には豪華な絨毯が敷き詰められている。中央には大理石のテーブルがあり、聖剣が抜かれたという報告をすでに受けた彼の家族が集まっていた。


 心臓の病を患い、まつりごとの一線から退いた父、そして父を支えるために一緒に南の温かな領地に移り住んでいる母、帝国軍の近衛師団長を務めている弟アスゲイル、そして十歳年下の妹ユーリアがそれぞれの席についている。今日は建国祭のために全員がここに集まっていた。


「おお、ラーシュ。聖剣を抜いた乙女は一緒ではないのか?」

 父は重厚な椅子に座り、意外そうに目を見開いて尋ねてきた。白髪混じりの髪と、青の刺繍が施されたローブが年を重ねても威厳を際立たせている。


「いろいろと事情がありまして」


「まあ。あなたにしては珍しく煮え切らない返事ね」

 母はにこやかな笑みを浮かべた。


「どんな人だった? 私のお義姉さまになるのよね。意地悪な方は嫌だわ」

 ユーリアは不安そうに柔らかな金髪を揺らした。


「平民の娘だ。リンネア、と名乗っていた」

 ラーシュは表情を変えずに妹に答えると、自分の席につく。


「リンネア、素敵なお名前ね。これから彼女をよく知り、仲良くなるのですよ」

 それを聞いた母が嬉しそうに微笑んだ。


「いえ、それが……彼女は結婚したくない、と」

 ラーシュが答えると、はす向かいに腰かけていたアスゲイルが噴き出した。


「兄上でもフラれることがあるんだな!」


「きっといつもみたいに不愛想だったのではないの? お兄様は表情筋が仕事していないのよ。政に関しては臨機応変に対応できるというのに」


 弟、妹からひどい言われようである。

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