第8話 聖剣がぬいぐるみに?

 前の女性が剣を前にしてもまったく動かせずに、苦笑いしながら立ち去っていく。


 毎年みんなが余興を楽しめるように、もともと抜けない作りになっているのかもしれない。


 聖剣は台座に垂直に固定されており、台座から見えている白銀の刃は太陽の光を弾いている。柄の部分は金と銀の美しい装飾が施されていた。その中央には真っ青な大きな宝石が嵌め込まれていて、微かに光を放っている。


「これが、聖剣……」

 リンネアは剣に近づき、柄にそっと手をかけた。


 冷たい金属の感触が指先に伝わり、ふと一瞬の静寂が訪れる。


 そうだ、屋台に並び直す前にやっぱりあのぬいぐるみを買いに行こう。売り切れるのは仕方ないけれど、いつまでも残されたままなのもかわいそう。私も最後の魔女だし、ほっとけないのよね。


 リンネアは、ふと赤褐色の毛並みのぬいぐるみを頭に浮かべていた。


「んっ?」

 その瞬間、柄を握っていた手が上方にずれる。驚くべきことに、剣はまるで羽のように軽く、するりと抜けたのだ。


 あっさり過ぎて、ヴィタルを感じられるか試す隙もなかった。


 まさかの展開に、リンネアは自分の目を疑った。


「へ……嘘、抜けちゃった……?」

 彼女が驚きの声を上げた瞬間、周囲もその光景を目にしてざわめき始めた。


「まさか! 本当に抜けたのか!?」

「すごい、あんなに簡単に?」

「歴史的瞬間に立ち会ってしまった!」

 周りの人々の驚きと興奮の声が一斉に上がり、その場の空気が一気に変わる。


「え? え? どうして?」

 リンネア自身、事態が理解できずに呆然としていたが、その驚きは次の瞬間さらに大きくなった。


 抜けた聖剣は一瞬だけ虹色に光り、そして次の刹那、リンネアの手の中でふわっと柔らかいものに変わったのだ。


「な、何これ……?」

 手元を見てみると、そこにあったのは手芸店で見た『深紅の焔獣』のぬいぐるみだった。だが、さきほど店で見たものより手触りがよく、本物の毛が触れているかのようだった。


 あまりの出来事に、ぽかんと口を開けて立っていることしかできない。


「まさか、聖剣がぬいぐるみに変わるなんて……」

 ぬいぐるみを抱きしめていると、周囲のざわめきが一気に大きくなり、あっという間に衛兵たちがリンネアの周りを囲んだ。


「聖剣を抜きし乙女殿、陛下のもとへご案内いたします。どうぞこちらへ」

 彼らは丁重ながらも、彼女を宮殿へと導くように促した。どうやら、この聖剣を抜いたことが一大事になってしまったらしい。


「ちょっと待って、これ……ただのぬいぐるみだけど⁉」


 抗議しようとしたが、衛兵たちはリンネアの言葉に耳を貸さず、そのまま彼女を宮殿へと連れて行く。


 こうして、予想外の展開に戸惑いながらも、リンネアは宮殿の中へと足を踏み入れることになったのだった。

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