第7話 祭りの余興
道のあちこちに屋台が並び、焼きたてのパンや甘辛いたれをつけた串焼き肉の香ばしい香りが立ち込めている。どこにも人だかりができていて、すぐには買えそうになかった。
「びくともしなかったわね、あの剣」
「ええ。皇妃になったら、毎日あのラーシュ皇帝陛下の素敵なお顔を拝見できたのになあ」
屋台に並んでいると、リンネアの前に立っていた若い女性たちの残念そうな声が耳に入る。
「陛下は今年で二十五歳になるから、今年聖剣を抜く人がいなかったら、婚約者はディンケラ公爵家のエリザベト様に決まりかしら」
「平民から皇妃なんて、夢のまた夢なのよぉ」
彼女たちがため息をついて顔を上げた時に、目が合ってしまった。
「ねえ、あなたも聖剣を抜いてみた?」
突然話しかけられ、リンネアは言葉に詰まる。
「う、えっと、まだ……」
「そうなの? ここに並んでいたら儀式に間に合わないわ。夕方までだし、まだまだ列は途切れていなかったわよ」
女性は目を丸くした。
「でも、別に皇妃とか興味ないですし……」
リンネアが笑って答えると、女性たちもつられるように笑顔を見せる。
「運試しみたいなものよ。どうせ誰にも抜けっこないわ。三百年間あのままだっていうんだもの」
「そうそう。錆もまったくついていない美しい剣だったわ。公開は一年に一度だけだし、見るだけの価値はあるわよ」
「わ、わかりました」
このままここにいたら彼女たちと延々とおしゃべりが続きそうだったので、軽く頭を下げて丘の方へ向かうことにした。
「余興みたいなものだっておじさんも言ってたしね」
せっかくお祭りの日に来たのだから、記念に聖剣を見てから今後の生活のことを考えよう。
丘へ向かう道は広場から少し離れていて、歩いているうちに周囲の喧騒もだんだんと遠ざかっていった。
やがて、緑に囲まれた宮殿の庭にたどり着くと、そこには一列に並んだ人々が静かに待っている。どうやら聖剣を抜くための列ができているようだ。
「へえ、結構な人が集まってるのね……」
少し驚きながらも、列の最後尾に並ぶ。人々の間では、誰が剣を抜けるかで賭けが始まっているようで、興奮と期待が交錯する中、静かなざわめきが続いていた。
順番が近づくにつれて、周囲の緊張感が高まっているのを感じたが、彼女はそれほど大きな期待はなかった。ただ、竜を封印したという聖剣を一目見るという軽い気持ちしかない。
「竜を封印するくらいだから魔力を秘めているはずよね」
普通の人間は魔力は目に見えない。この世界に存在するヴィタルという生命力を体に巡る魔力と反応させることで魔法が使えるのだが、ヴィタルを感じ取れるのは魔法使いや魔女の血を引く者だけだ。
「どんな剣なのかなあ」
落胆する者や笑っている者が前方から通り過ぎていく。
そして、とうとうリンネアの番が来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます