第6話 独特な感性
軒先には「夢紡ぎ工房」という古びた看板がぶら下がっている。手芸店のようだが、ぬいぐるみのあまりの愛らしさに、つい引き寄せられるように扉を押し開けた。
店内に足を踏み入れると、ふわりと優しい布の香りが漂い、木の床がきしむ音が小さく響く。少し薄暗く、外の喧騒から切り離されたかのような静けさが漂っていた。
こんなに素敵なお店なのに、リンネアの他には客がいないらしい。
壁にはぬいぐるみがずらりと並び、棚の上には手作りの愛らしい動物たちが所狭しと並んでいた。
猫、犬、ウサギ、クマ、カワウソ、キツネ……、他にも見たことがない動物もいた。それぞれが個性的な表情を持ち、見ているだけで心が癒される。
一つ一つ手に取って、その柔らかさに思わず頬が緩む。心の中で愛着を感じながら、さらに奥へ進んでいくと、特に目を引くぬいぐるみがあった。赤褐色と黒の生地で作られた尻尾がもふもふのものだ。
森で見かけたことのある狸よりも耳が大きく、模様も違う。
「なんてかわいいの……」
思わず手を伸ばし、そのぬいぐるみを抱きしめた。ふわふわの尻尾が柔らかくて心地よい。
つぶらな瞳が彼女を見つめ、まるで「連れて帰って」とでも言っているかのようだ。
買っちゃおうかな。
これから一人で生きていくとはいえ、心細い時に何か話しかける対象が欲しい。
「深紅の焔獣……?」
値札を探していたら、ぬいぐるみの前にそう書いてあった。
「フランムルージュだよ。東方の山に住む、森の守護者さ」
「ひゃっ」
突然声が聞こえて、リンネアは飛び上がるほど驚いた。
どこからかと店内を見回すと、カウンターの向こうで何かを作業している大柄な男性が目に入る。見るからにいかつい風貌で、その姿はまるで鍛冶屋のようだ。しかし、彼の大きな手は驚くほど器用に針と糸を扱い、まるで魔法のようにぬいぐるみが形作られていく。
「フランムルージュ?」
「ちなみに他のは夢幻の月華、天狼の咆哮、月影の飛天、旋律の轟雷、蒼氷の刃、黄金の炎妖だ」
見た目は猫、犬、ウサギ、クマ、カワウソ、キツネなのだが、独特の感性を持っている店主らしい。とすると深紅の焔獣も、もしかしたら他の名称があるのかもしれない。
「気に入ったものはあったかい? 今日は建国祭だからみんな大通りや宮殿の方に行っちまって商売あがったりなんだ」
「あ、あの……すみません、かわいかったので見ていただけです。でも! もう少しお金を貯めたら買いに来ますから。おじさんの作っているぬいぐるみ、とても素敵だもの」
「ありがとうよ。これ、俺の趣味みたいなもんでさ」
店主は照れくさそうに答えた。
リンネアも自然と笑みがこぼれる。
「ところで、建国祭ってなんですか?」
「お嬢さん、知らねえのか? 今日はヘリオス一世が三百年前に聖剣を持つ乙女と共に竜を封じた日とされてる。エインヘリア帝国のはじまりみたいなもんだな」
「へえ……」
だから町の中には人がいっぱいなのか。
「丘にある宮殿の庭に行けばその聖剣が見れるぜ。今日だけは平民にも公開されてるからな。毎年飽きないものだ」
「そんなに素晴らしいものなんですか?」
「というより聖剣を抜けるか試すんだが、抜いた者は皇妃になれるそうだ。平民でもかまわないっていうんで娘たちはこぞって参加するらしいぜ。もっとも今まで抜いた人間はいないから、祭りの余興みたいなものなんだろうぜ」
「皇妃に……?」
リンネアは目をぱちくりさせた。
「そうさ、今だったら、あのラーシュ皇帝陛下の妃だな。陛下は立派な方だが、目的のためには手段を択ばない情け容赦ねぇと噂されてる。流れる血すら凍りついている『冷血皇帝』って呼ばれてるお方だ。けど、おかげでこの辺りは平和。誰も陛下には逆らえねぇからな」
店主は肩をすくめた。
「つい先日も干ばつで食糧難だった国に援助を送ったのを中抜きした貴族がいて、そいつらみんな領地も没収の上、処刑されたって話だ」
世間話みたいにサラッと語ってくれるが、なんという恐ろしい内容だろう。
「そんな冷血漢と結婚……? それでもいいんだ」
リンネアがぽつりとつぶやくと、店主が豪快に笑った。
「そうだよな。だが陛下はかなりの男前だから、女たちには人気がある。俺の娘たちも今頃宮殿の方に行っているだろう」
それを聞いて、彼女は苦笑する。
――いくら顔がよくても私だったらいやだな。ぜいたくな暮らしができるのかもしれないけど、そんな怖い人のそばじゃ自由はなさそう。
「そうなんですね。面白い話をありがとうございました。でも、私には結婚に興味がないので……それじゃ、お祭りを見て回ってきます」
微笑んで答えると、肩にかけた鞄をよいしょとかけ直す。
「また来ますね。ぬいぐるみたち、可愛かったです」
早くこの町に慣れて、仕事が安定したらぬいぐるみを買おう。
ただ、深紅の焔獣というぬいぐるみが端にある一つだけというのが気にかかった。
――次に来るまでに売り切れませんように!
「いつでも来てくれ」
にこやかな店主に別れを告げ、リンネアは広場に向かって歩き出した。
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