第5話 はじめての皇都

 事の発端は、少し時間を巻き戻して、昼間の皇都――。


 どこを見ても、人、人、人。


 目の前の大通りは石畳が整然と敷かれ、大きな馬車がすれ違っても余裕があるほどの広さがある。道の両側には彫刻が施された石造りの家々や色鮮やかな装飾が美しい商店が立ち並び、どこを見ても活気で溢れていた。


  遠くの丘の上には高くそびえる白い大理石の王宮が見え、その圧倒的存在感が町全体を支配しているかのようだった。


「……ここが、皇都スカディ」


 巨大な門をくぐったリンネアはぽかんと口を開けて、肩から斜めにかけた鞄の紐をぎゅっと握った。その中には数日かけて作り貯めた薬草や膏薬がたくさん詰まっている。これらを売って当面の生活費にするつもりだった。


 ゆっくりと石畳の道を歩き出しながら、キョロキョロと周囲を見回す。


「ファルクス村からここに来るまでにいくつか町を通ってきたけど、桁違いのにぎやかさね」

 生まれてから二十年間一度も村の外へ出たことのない彼女は、喧騒に目を回しそうになる。


「こんなに人がいっぱいいるなんて、思わなかった」

 村の中でも、そのはずれの森の奥にぽつんと立っている小屋で生活していたリンネアにとっては衝撃だ。


 皇都の存在は、村に薬を売りに行くたびに村長の孫娘から何度も聞かされていた。やれベッドがふかふかだっただの、お店がいっぱいあって目移りしただの、男の子にナンパされただの彼女は嬉しそうに語り、こちらが黙っているといつまでも話が尽きないほどだった。


『そんなに楽しい所なら、一度くらい行ってみたい』

 家に帰ったリンネアは祖母に頼み込んだ。


『だめだよ。お前はまだ力の制御ができないからね。私たちが魔法を使えることが世間にばれたら大変なことになるんだ』

 祖母はそう言って、暖炉に向かって軽く人差し指を振る。


 すると、暖炉に置いてあった薪にぽっと火がついて、たちまち赤々と燃えだした。


『魔法を使えて便利だって、みんなにありがたがられるかもよ?』

 リンネアは不満そうに唇を尖らせる。


『昔は魔法使いも魔女もたくさんいたんでしょ?』


『今は私とリンネアだけだ。私はずいぶん力が弱くなったけど、お前の力は不安定だから安心できないよ。大昔にはこの魔法の力を使って戦が起きたとされているからね。ご先祖様たちは争いを嫌って身を隠すことにしたんだ』


 そうして先祖たちは住む土地も点々として暮らしてきたのだそうだ。だからこの力を悪いことに二度と使われないように秘密にしなければならない。それが魔法使い、魔女の一族の掟。


 リンネアが小さい頃に流行り病で亡くなってしまった両親に変わって、ずっとそばにいてくれた祖母も、一年前に寿命を全うした。


『私が死んだら、秘密を守り、リンネアを大事にしてくれる男を探すんだよ』

 亡くなる前に祖母はそう言い残した。本当なら子どもの結婚相手は親が見極めてくれるらしい。人とあまり関わらずにそんな重要な秘密を固く守ってくれる人を探すなんて無茶な話だ。


 こうしてリンネアは、この世で最後の魔女になった。


『遺言が婚活しろだなんて……』

 村の人たちに協力してもらって祖母を弔った後、しばらくは今までと変わらない生活を送っていたけれど、一年の喪が明けて決意した。


『結婚相手なんかいらない。一人で自由に生きるのよ!』

 秘密を守ってくれる人かどうか見極めるなんてどうすればいいのかわからないし、生まれた子にも同じ思いをさせたくない。


 掟に縛られ、何も悪くないのに隠れて生きていかなければならないなんて我慢の限界。

 人前で魔法を使わなければいいだけの話だ。二十歳になって、それくらいわきまえている。


 ――ずっと行ってみたかった皇都へ。そしてそこで新しい人生を、自由を謳歌するの!


 そう思って皇都へ来たわけだけど人波に流されて、どこを歩いているのかわからなくなってしまった。


「どこで住む家を案内してもらえるかしら」

 これだけ建物がたくさんあるのだ、空いている所もあるにちがいない。


 リンネアは前から歩いてくる人を避けながら、一つの店の前で足を止める。


「わあ……かわいい!」

 大きなガラス窓の向こうには、いろいろな動物のぬいぐるみが棚に整列していた。


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