第4話 理不尽な条件

「しきたりはしきたりだ。ここでお前を帰せば祖先の遺訓を無視することになるだろう。聖剣を抜くという行為はこの国の未来を左右する重要な儀式なのだ」

 ラーシュは再び玉座に腰を下ろす。


 リンネアは急いで抱いているぬいぐるみを見つめ、手に魔力が集まるように集中した。


 ――戻れ、元に戻れ、剣の姿になって!


 だが深紅の焔獣は、きゅるんとした黒曜石のような艶のある瞳でこちらを見つめ返してくるだけだった。


 やはり、リンネアの魔法によって姿が変わったわけではないようだ。

 これは、かなりまずい状況だ。元に戻す方法がわからない。


 彼女はがっくりと肩を落とした。


「皇妃なんて……自由がないじゃないですか。私には耐えられません」

 どんな仕事をするのか知らないが、少なくとも一人で町へ出かけたり、森にいって薬草探しをしたりなんてことは気軽に許してもらえなさそうだ。


 それに、カラスみたいに真っ黒な髪を腰の辺りまで伸ばしっぱなしにして、明らかに野暮ったいと自分でも思う。

 身に着けている淡い黄色のワンピースは村長の孫娘のお古を譲り受けたフリルやリボンがくたびれたもの。どう見てもこんな荘厳な場所には似つかわしくない人間なので早く解放されたい。


 夏空みたいに綺麗と家族に言われたことのある青い瞳を、これでもかと言わんばかりに潤ませて情に訴えかけてみた。


 内心はびくびくだ。流れる血まで凍りついていると噂される皇帝の妃なんて、恐ろしくて務まるわけがない。


 また猛吹雪が吹きつけてくるかと思ったが、一瞬だけラーシュの表情がつらそうに歪んで見えたのは気のせい?


「これ以上議論しても無駄だということはわかった。だだをこねるような子どもの相手をしているほど私は寛容ではないからな」

 だがすぐに彼は冷淡な眼差しに戻って、氷のとげみたいな言葉でリンネアをチクチクと刺す。


「子ども!? 私、今年で二十歳です、立派な大人ですよ」

 むっとして頬を丸く膨らませる。


「ふん。その狸そっくりだな」

 小ばかにしたような笑いを含んだ言葉に、彼女は顔を真っ赤にした。


「あなたこそ、そんないじわるだからいつまでも聖剣が結婚相手を見つけてくれなかったんじゃないの?」

 頭にきて咄嗟に言い返してから、慌てて口をつぐんだがもう遅かった。


 ラーシュの周りに猛吹雪オーラが復活して、精悍な顔つきは彫像のように動かない。これは相当怒っているのだろう。


「聖剣を元の姿に戻せ。そうすれば皇妃選定の儀をやり直してやる。それまでお前をかりそめの婚約者とする。話は以上だ」

 彼は感情のない声で淡々と言い放つと、玉座から立ちあがって扉に向かって歩き出した。


「もし……戻せなかったら!?」

 すべてを拒絶するような背中に、無理やりすがるように言葉を投げる。


「命はないと思え」

 振り返ることなく返答したラーシュが去った後の扉は、再び開くことはなかった。


 ――命はない。


「そんな……そんな理不尽なことってある~~!?」

 モフモフを抱き締めて天を仰いだリンネアの嘆きは、極彩色のステンドグラスに吸い込まれていった。


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