第2話 深紅の焔獣(フランムルージュ)

 ――あ、これなら陛下の凄みのきいた整ったお顔が視界に入らない。このままの状態で会話を続けられないだろうか。


「なんだそれは。たぬきか?」


「いえ。深紅の焔獣フランムルージュのぬいぐるみです」

 顔に当たるふわふわの毛並みは柔らかく、少しだけ緊張をほぐしてくれる。


 第一印象はたしかに狸に見えなくもないが、よく見ると全然違うのだ。

 愛らしいこのぬいぐるみは、全体的に丸いフォルムをしていた。鮮やかな赤褐色の毛並みを再現した背中、短い四肢は漆黒で、ふさふさの長い尻尾は薄い輪状の模様がある。


 顔も丸いが、耳は大きく尖っている。顔の毛は白く、目の周りに黒い模様で囲まれているのが、愛嬌があってかわいらしい。黒い小さな鼻、同じように小ぶりな口元はにっこりと口角が上がっていた。


 似たようなものが皇都の雑貨店で売っている。東方の国に住まう森の守護者――深紅の焔獣をぬいぐるみにしたのだと店主は教えてくれたが、リンネアの腕にあるぬいぐるみは売り物よりもなぜか高品質だ。


 本物を見たことはないが、きっと動いている姿はもっと愛らしいのだろう。


「私は聖剣がどこかと聞いたのだが?」

 声の調子は変わらないのに、冷ややかな空気を感じる――。


 リンネアの肌がぞっと粟立った。


「ですから、抜いた聖剣が勝手にこのぬいぐるみに変わってしまったのです」

 彼女は「勝手に」を強調してみた。


 本当のことだったので、そこはぬいぐるみを下ろし、顔を覗かせて自信をもって返答できる。


戯言たわごとに付き合っている暇はない。この国の言い伝えについては知っているだろう?」


「封印されし聖剣を抜いた乙女と王族が結ばれ、よみがえった竜を再び倒した時こそ大陸に平和と安寧が訪れる……でしたっけ?」


 三百年前にこの大陸を荒らしまわった凶暴な竜がいたそうだ。聖剣を持った乙女と、ヘリオス一世がそれを倒した。これがエインヘリア帝国の長い歴史の始まりとされている。


 今日、皇都へ来て初めて聞いた話だ。それだけリンネアの住んでいる村はドがつくほど田舎で、おまけに他人とあまり関わってはいけないと祖母に厳しく言われていたから、世間のことなど何も知らないに等しい。


「きっと、三百年経って固定が緩んでいたんですよ。私じゃなくても、誰かが抜いていました」


 建国祭の余興みたいなものだよと町の人が言うから、皇都に来た記念にちょっと触ってみようと思っただけだったのに、リンネアが柄に触れると剣は簡単に抜けてしまった。


 問題はその後――。


 無駄遣いはいけないと思いながらも、雑貨店に戻って深紅の焔獣のぬいぐるみを買おうと頭に思い浮かべた瞬間に、触れた剣がもふもふのぬいぐるみに変わってしまったのだ。


「だから、聖剣は――」


「ですから、これが」

 つい、ムキになって言い返したら、ラーシュが急に立ち上がった。


 びゃー! 斬られる!

 リンネアは涙目になって、とっさにぬいぐるみで顔を隠す。

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