第4話 柘植野はペアリングが欲しいっ!

「こんにちは。新郎の大学のご友人ですか?」


 女性の声で話しかけられて、柘植野は振り返った。


 小柄で細身の身体に、ヒールを履いてなお、ぴんと伸びた背筋。

 華やかな髪型に、ぱっちりとした目。

 品のあるメイクとネイル。


 柘植野は女性を観察して、自分の美しさに自信のある人だろうと思った。

 そこで柘植野はようやく、彼女は自分に話しかけているのだと思い出した。


「ああ、失礼。僕は新郎2人の大学のゼミの同期です。柘植野と申します。あなたは?」

「鈴木と申します。来栖くるすの職場の同期です」

「そうなんですね。素晴らしいご活躍ですね」


 来栖というのが、新郎2人のうち尻に敷かれていた方だ。

 柘植野は就活に詳しくないが、来栖の入社した企業は花形で、就活ではとんでもない倍率だと聞く。鈴木も優秀な社員なのだろう。


「私なんてとんでもない。柘植野さんは? どんなお仕事なんですか?」

「ああ……。フリーライターです」


 柘植野は、担当編集から児童文学作家として顔バレ禁止を厳命されている。

 だから職業を聞かれると、いつも「フリーライター」と言う。

 フリーランスだし書く仕事なので、まるっきりウソでもない。


「ああ、フリーランスの方……。素敵なお仕事ですね」


 鈴木は微笑んだが、話しかけてきたときの目の輝きは薄れていた。


 柘植野は察した。これはナンパだ。

 モテるのに慣れている柘植野だから、ナンパの空気は分かってしまう。


 来栖の同級生であれば、高学歴。高収入のエリート街道を突き進んでいるのが一般的だ。

 鈴木は、柘植野が有名企業勤務のエリートだと期待していたに違いない。


 フリーライターと聞いた瞬間、鈴木ははっきりと「しまった、空ぶった」という顔をした。

 そう。鈴木が狙うのは、フリーランスの、よく年収が分からない男ではない。


 2人の間の空気はすっかり白けた。簡単に言葉を交わして、鈴木はさっさと別の男のところへ行ってしまった。


「あのぅ……」


 今度は別の、大人しそうな女性に話しかけられた。

 柘植野のアンテナは、ビビッと「これもナンパだ」とキャッチした。


 今度の女性は引き下がらない。「私もフリーランスになろうかと思ってるんです!」と余計に話が盛り上がってしまう。

 連絡先交換も時間の問題か……!?


 柘植野は泣きたくなった。

 久しく社交の場に出てこなかったから、自分はモテるということを忘れていた。


 うう……。すぐるさんが恋しいよぅ……。


「おーい、柘植野! あいつらが話したがってるぞ! すみません、お話の途中で」


 柘植野のピンチを察した江里口えりぐちが助けに入ってくれて、柘植野は同期グループに戻ることができた。


「おー柘植野! モテてんなー!」

「嬉しくない……」

「彼氏募集中のゲイも来てるぞ。紹介しようか?」

「いや、今は……」


 同期たちの視線が集中し、柘植野は言葉を続けられずに赤くなった。


「なんだよ! もういるのか?」

「じ、実は……」

「次に式を挙げるのはお前だな〜。挙式準備はとことんめんどくせえから、何でも聞いてくれよな」

「そんなにすぐではないけど、ありがとう」


 柘植野は来栖の気持ちが本当に嬉しかったけれど、肩身が狭かった。

 アラサーともなると、結婚願望が強い人は、付き合って数ヶ月で結婚してしまうこともある。


 僕と優さんは、そんなトントン拍子には進まない……。


 若い恋人に将来を求めてしまうのが恥ずかしくて、柘植野は唇を噛んだ。


「それより柘植野、おれたちの愛の証を見ろよ。イケてるだろ?」

「見せびらかすなって言うとるのに!」


 来栖は左手の薬指にはまった指輪を柘植野に見せる。確かにモダンで男性的なデザインで、カッコよかった。


「すごく素敵だね。本当におめでとう」

「いや〜ありがとう! 柘植野もよく笑うようになったな!」

「えっ……。そう、かな……」

「私も同じこと思った!」


 貴山きやまが明るい声で口を挟む。


「いい彼氏なんだろ。大事にしろよ」

「……うん。大事にする」


 柘植野ははにかんで答えた。

 同期たちはひとしきり柘植野を冷やかすと、また婚活の話題に戻った。

 柘植野はそれどころではなかった。


 うわ〜〜!! 優さんとお揃いの指輪、欲しすぎる!!

 そしたら優さんに変な虫もつかないし?

 僕がナンパされて優さんが心配することもないし?

 完璧なアイデアすぎる〜〜!!


 でも……。どうやって優さんに切り出せばいいんだろう……?

 めちゃくちゃ恥ずかしいよーー!!

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