第2話 唐突な独占欲キャラ

「はいはい、かんぱーい! くぅーっ! 社畜のエネルギー補給はこうでなくっちゃ!」

「いい日本酒だから、もうちょっと落ち着いて飲もうよ」


 半個室の居酒屋に来ている。

 柘植野の妹のしほりしおりは、「はあい」と素直に言った。清酒のグラスを、綺麗きれいなジェルネイルが彩る両手で包む。


「それにしてもお兄ちゃん、柴田くんとのこと、よかったね」


 しほりが目を輝かせて言う。文渡あやとは恥ずかしくなった。


 柴田と恋人になったとき、一応と思ってしほりに連絡した。

 そうしたら、テンションMAXの鬼返信とハートのスタンプ連打が返ってきて、かなり恥ずかしかったのを文渡は思い出す。


「しほりさんはリアリストだから、『柴田くんとは年の差が……』とか、忠告されるかと思って緊張した」

「んー。心配はしてるよ。そう! 心配してるんだよ?」


 しほりはグラスを包んだ手の人差し指だけ立てて、文渡をビシッと指差した。


「そっか……。ごめん」

「うん。でも、お兄ちゃんは子どもじゃないんだから、なんとかするだろうと思って、何も言ってないの」

「……うん。ありがとう」


 文渡は、しほりからの信頼をありがたく思って、胸があたたかくなった。


「だって〜! あの柴田くんとお兄ちゃんがお付き合いだなんて! カワイイにもほどがある〜! あ、お兄ちゃんはカワイイと思ってないから。柴田くんね、柴田くん」

「あ、うん」


 しほりは完全に恋バナのテンションだ。さっきのいい雰囲気はなんだったんだ。


「今日も柴田くんに会いたかったなぁ〜。旅行じゃしょうがないけど。また会わせてね?」

「うん。優さんも喜ぶよ」

「東南アジア旅行、いいなぁ〜。お兄ちゃんも柴田くんと一緒に旅行に行きなよ」

「旅行か……。そうだね」

「柴田くんと、思い出たくさん作ってね」


 しほりはニコッと文渡を見る。


 文渡にずっと恋人がいなかったのを、しほりは知っている。恋人を作れなかった文渡のトラウマも知っている。

 だから、文渡は「今度の恋愛は楽しんでね」というメッセージを受け取った。


「うん。ありがとう」


 文渡は素直に笑うことができた。

 柴田とはお互いを尊重するお付き合いができている。きっと長く一緒にいられると思っている。


 ——4年後まで……?


 先日浮かんだ疑問がよみがえり、文渡は固まった。


「わぁ〜!! お刺身おいしそ〜!! 食べちゃうよ? 先食べちゃうよ?」

「ああ、どうぞ」


 刺身の盛り合わせが到着し、しほりは早速マグロの赤身を箸でつまんだ。


「おいしぃ〜! でもさ、お兄ちゃん」


 しほりはちょいちょいと文渡を指で呼ぶ。


「地元の海鮮には敵わないよねぇー!」


 ひそひそ声で言われて、文渡は強く同意した。

 2人の地元は富山。少し家から車を走らせた回転寿司屋の海鮮だって、東京の海鮮よりずっとおいしい。日本海の海の幸は偉大である。


「お正月は帰省するの? 私はするよ」

「ああ……。どうしようかな。寒いし」

「まあ、お兄ちゃんはいつでも帰れるもんね。柴田くんと一緒に帰省したら?」

「えっ……。紹介するのは、まだ早くないかな……?」

「そっかー。柴田くんもご実家に帰省したいだろうしね」


 それを聞いて、柘植野はハッとした。

 柴田は実家と不仲だ。ゴールデンウィークもお盆休みも、帰省していない。

 だが、お正月の帰省を断るのは、さすがに無理なんじゃないだろうか……!?


 年末の冷たい台所で1人おせちを詰める柴田と、暖かいリビングでバラエティ番組を楽しむ残り4人の家族。

 そんな光景が、一瞬で柘植野の頭に浮かんだ。


「……うちの実家に連れてこられるなら、来てもらおうかな」

「ほんとー! 柴田くん、雪は好きかな? 群馬って雪は降るの?」

「どうだろう。海鮮を食べさせてあげたいな」

「いいねいいね! 出前を取ろうよ」

「ああ、それがいいね」


 柴田をできるだけ実家から引き離しておきたい。そのために自分の実家に来てもらいたい。


「でも……。優さんのご実家からどう思われるかな」

「うーん……。まあ、恋人の実家に帰省するって、『将来を約束してる』感は出るよね」

「……だよねぇ。きちんとご挨拶あいさつしてからでないと」


 将来のことはまだ眼中にない柴田の、外堀を埋めるようなことはしたくない。

 それに、もし柴田と結ばれて、柴田の実家が自分の義実家になるとしたら……。1年目で悪印象は持たれたくない。

 ただでさえ、厄介な人たちが揃っているようだから、なおさらに。


 柘植野はタイの刺身に箸を伸ばした。

 歯を立てると、しっかりした弾力のある身がこたえる。

 さっぱりしているようで、白身魚のさらりとしたあぶらを薄くまとっているのも魅力的。


 刺身醤油がきりりと味を引き締めて、タイの身の味と混ざり合ううちにまろやかになっていく。


「そういえば柴田くん、方向音痴は大丈夫なの?」

「何が? 自動車学校は放校された。方向音痴すぎて」

「放校!? 追い出されたってこと!?」

「そうみたい。すごく泣いてた。僕までつらくなっちゃって……」

「そっか……。いや、その話じゃなくて、旅行だよ! あの方向音痴が海外旅行なんて大丈夫なの!?」

「……確かにね? いや、お友達と行ってるから大丈夫——」


 はぐれないよう、友人としっかり手をつないで、旅行を楽しむ柴田を想像した。


「そんな!! 優さんと手をつないでいいのは僕だけなのに!!」

「え、どうしたの急に、お兄ちゃんそんな独占欲キャラなの?」

「絶対手をつないでるに決まってる……。『お友達』と聞いていたけど、優さんを狙ってる男かもしれない……!!」

「まあね」

「ホテルも相部屋に決まってる……!!」

「落ち着きなよ。柴田くんはしっかりしてるから、間違いは起こさないよ。もっと恋人を信用してあげなさい」

「う……。確かに」


 文渡はしょげて、うつむいて座り直した。

 しほりはあきれて清酒をひと口飲んだ。


 お兄ちゃん、久しぶりにまともなお付き合いしてるからポンコツだなぁ。柴田くんも、恋愛初心者っぽいし。

 この2人、大丈夫か? 帰省するしないの前に、お正月までお付き合いが続くのか?


 口は出さないつもりだったけど、お兄ちゃんの方から泣きついてきそうだなぁ。

 しほりはため息をついた。

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