第60話 ラブラブエッチをご所望とのこと

「んん……! そこぉ……」

「ここですか?」

「そう……! あ、ゆっくりするの、きもちい……!」

「ラブラブエッチできてますか?」

「できてるぅ……らぶらぶえっちぃ……」


◇◇◇


 柘植野は馴染なじみの居酒屋のように18禁コーナーの暖簾のれんをくぐる。柴田はドキドキしながら続いた。


 翌朝、柘植野は前日の行為の記憶もアダルトコーナーデートの約束の記憶も飛ばしていなかったので、2人は電車に乗って量販店に来ている。


「ゴム、ゴム……。あ、柴田さん、この辺がゴムのコーナーですよ」

「ど、どうやって選べば……?」

「まあサイズで選べば……。Lサイズでいいでしょう。早漏ですか?」

「え!? ちちちちち違います!! 昨日は初めてだったから……!! てか昨日もそんな早くなかったですよね!?」

「そうでしたか。かわいい」


 柘植野はしゃがんだまま柴田の手を取って、ちゅっと口づけた。


「!? 柘植野さん!?」


 誰もいないからといって、こんな大胆な……!! やっぱり柘植野さんはとってもえっちだ!!


「普通の厚さで試してみますか。じゃあこれで」


 柘植野はコンドームの箱をつかんでコーナーを出ようとした。でも柴田が袖をちょんと引っ張ったので、振り返った。


「あの……。せっかくなのでもうちょっと見たいです!」


 柴田は勇気を振り絞って頼んだ。


「ああ! もちろんいいですよ。かわいい人」

「……かわいいかわいいって、どうせおれは童貞ですよ」


 ムッとした柴田は、唇を尖らせた。


「経験がないことじゃなくて、素直なところがかわいいと思うんです。あなたの素敵なところだから」


 柴田はキュンとした。


「ああ、ほら。これ。エネマグラって知ってます?」


 柘植野はニコニコとコーナーを案内する。

 キュンとしたのを返してほしい。柘植野さんはちょっとえっちすぎる。


「これは……」

「ローター? 家にありますよ。遊んでみます?」

「どどどどのように……!?」


 柴田は目を白黒させた。


「まあ、だいたいのものは家にそろってますから」

「揃ってるんですか!?」

「使いたかったら言ってください」

「言えない。言えないです」

「でも、柴田さん……」


 今度は柘植野が、柴田の袖を引っ張った。

 柴田はめくるめくアダルトグッズの世界に目を奪われていたが、ハッと柘植野に意識を戻した。


「……柘植野さん? どうしました?」

「初めてのときは、プレイはなしで、その……」


 柘植野は恥ずかしそうに、柴田に身体を寄せた。耳がピンクに染まっている。


 柴田は、一瞬状況を忘れて、「柘植野さんはなんて綺麗きれいなんだろう」と、うっとりした。


「……ハッ。どうしました? 柘植野さん」

「あのぅ……プレイなしの、ラブラブエッチを……したいんです……」

「……!!」


 柘植野は、大柄な柴田から顔が見えないように、うつむいてしまった。

 柴田の袖をきゅっとつかむ手が、柴田の肌にそっと触れた。


「……しましょう、柘植野さん。ラブラブエッチを……!!」


 柴田は、年上の恋人がえっちなだけでなく、とてもかわいいことに感激した。柘植野といると、キュンとしすぎて心臓がもたない。


「勘弁してくださいよ、柘植野さん」

「何を?」

「なんでもないです! さあ、帰りますよ!」


 柴田は意気揚々と18禁コーナーから出た。だが、コンドームを会計するときは、柘植野の後ろに縮こまって顔を真っ赤にしていた。


◇◇◇


「いらっしゃい」

「お邪魔しまーす」


 柘植野の家に上がる、お決まりのやりとり。

 でも、これからとてもエッチなこと——セックスだったら嬉しいな——が始まるんだと思って、柴田の心臓はバクバクと打った。


 柘植野がグラスに水出しの紅茶をそそいで、テーブルに並べた。

 柴田と柘植野は並んで座る。柴田はずっとドキドキして、紅茶に手をつけられない。


「柴田さん? 飲まないんですか?」

「あっ、いただきます」

「飲んじゃってください。早くエッチしたいから」


 柘植野は恥ずかしそうに、少し唇を突き出して言う。


「……柘植野さん!!」


 柴田は嬉しくて嬉しくて、柘植野を抱きしめた。


「うむぅ……飲んでくださいって言ってるのに……」

「嬉しいんです!! 大好きです!!」

「……大好きですよ。準備してきます」


 柴田は「大好きですよ」と言われた瞬間にキスをしたかった。

 しかし柘植野はするりと腕から逃げて、ユニットバスの方へ行ってしまった。


 ——男同士で、するんだもんな……。


 柴田は、嬉しさとは別の意味でドキドキしてきた。


 おれ、ちゃんと柘植野さんが痛くないようにできるかな。

 柘植野さんに教えてもらうばっかりでいいのかな。

 大事にしたい人を、ちゃんと大事にできるかな……。


 柴田は不安でいっぱいになって、ちびちびと紅茶を飲んだ。


「うわー、超楽しみ」


 柘植野の声が聞こえた。柴田はバッと振り返った。

 そこには堂々たる下着姿の柘植野が立っていた。


「5ヶ月ぶりですよ? 5ヶ月。信じられますか? あ、柴田さんもシャワー使います?」


 不安でいっぱいの柴田は、柘植野の威厳いげんに感動した。「柘植野さんにすべてをゆだねよう」と安心したのだったが——。

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