第55話 猛暑日の相合傘
「柘植野さん、今日はキ……キス……キスは泳いでないんですかね!?」
「えーっと、日本の海のコーナーにいるかもしれませんね!!」
「楽しみですね!!」
初めてのおでかけデートで水族館に来ているのに、柘植野と柴田はこの調子である。
◇◇◇
ファーストキスを交わした日。
柘植野は勇気を出して、スマホのブラウザ履歴を柴田に突きつけた。
「同じような記事ばかり検索して悩んでいたのは僕もです! 初めてのお付き合いですから、楽しい思い出しか作ってほしくなくて……!」
検索履歴には「初デート どこに行く」「初デート 誘い方」「初デート 夏」「初デート ロマンチック」などなどのワードがずらりと並んでいた。
「柘植野さん……! おれも、デートに行きたいと思ってました!!」
「ほんとですか!!」
柘植野は子どものようにはしゃいで、柴田に抱きついた。
「僕は水族館がいいと思うんです」
「いいですね! 水族館、行きたいです」
「よかった……! 僕ばかり先走っているのかと心配してたんです」
柘植野の本音だった。
柴田さんは初めてのお付き合いなのだから、嫌な思いをしてほしくないし、無理もしてほしくない。
だから、ついつい柘植野は自分の希望を押し殺してしまう。
キスだって、付き合って3ヶ月待たないとダメだと本気で思っていたくらいだ。
「先走っては……ないと思います。おれも同じです」
柴田は、こう言ったが、履歴を見せられたときに見えてしまったエッチな動画のタイトルにドギマギしていた。
柘植野さんはこんなに王子様みたいに
しかも結構過激なのが好きなのかな? おれ、着いていけるかな……!?
しかも履歴によれば、毎日数回エッチな動画にアクセスしてる。
柘植野さんはもしかして、めちゃくちゃ
どうしておれを誘ってくれないんだよぉ〜〜!! 童貞だからですかぁ〜〜!?
2人とも「エッチなことをしたい」と思っているのに、状況は動かず、水族館デートの日を迎えた。
お盆休みど真ん中の水族館は意外と空いている。東京の人たちがみんな地元に帰るから、お盆の東京は人が少ないのだ。
2人は手を恋人つなぎにして、ゆっくり見て回ることができた。
「柴田さんは、タチ、タチと……タチウオですよ!! 長いですねー!!」
柘植野は「タチとネコのどちらをやれそうですか」と聞きたかった。
しかし、こんな公共の場で聞くことではないと思い直して、言葉尻をタチウオに押し付けた。
柴田がどこまで望んでいるのか、柘植野には分からない。
そもそも、男同士でも挿入するということを知っているのだろうか?
柴田はしっかりしているようで、性的なことにはウブなようだから、知らないかもしれない。
柘植野はバリネコだ。率直に言うと、早く掘られたい。もう5ヶ月もセックスしてないんだから!!
柘植野の悩みを知らず、柴田は「タチウオのお寿司っておいしいですよねー」とのんきなことを言っている。
2人が水族館を出ると、猛烈な陽射しにさらされた。
柘植野が日傘を開き、柴田がそれを受け取って相合傘をする。日傘を持っている柴田の腕に、柘植野が腕を絡める。
腕を組むまではスムーズにできるようになったのだが……!
「キ……キス、いませんでしたね」
「いませんでしたね。キスの季節に釣りに行きましょうよ。うまく釣れたら天ぷらにしてください」
「キスって釣れるんですか!! ていうか釣りしたことあるんですか!?」
「地元ではしたことあるけど、太平洋側でキスが釣れるか分かりませんね……」
富山県出身の柘植野は、日傘の下で小首を
「すげー!! おれ釣りってやったことないです。海なし県出身だし」
「そっか。この辺に釣り堀とかないんですかね。調べてみましょう」
柘植野と柴田は人の流れから外れて、通路の
「その前に、柴田さん」
日傘を傾けて、目隠しにする。柘植野が柴田の頬に手を当てる。柴田は今からキスされるんだと分かった。
「固くならないで」
ふわりと重ねられた唇の感触は、初めてのときよりも、全身がそわそわする気持ちよさがあった。
「ほんとはこんなことしちゃいけないんですよ」
柘植野は恥ずかしそうに言った。それから、スマホで釣り堀を検索し始めた。
柴田は複雑だった。
キスは嬉しくて、気持ちよかった。
でも、柘植野さんにリードされてばっかりだ。おれから「キスしたい」なんて言えなくて、柘植野さんに察してもらった。
こんなおれだから、柘植野さんは、おれを子どもだと思ってるのかな。だから「しちゃいけないんですよ」なんて言い方をするんだろうか。
おれが童貞だから……。
おれは童貞卒業できるんだろうか。それとも処女喪失するんだろうか。
そんなこと、今の柴田が聞けるわけもなく。
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