第44話 特別なオムライス②

 パシャリ。


 柘植野はスマホのカメラで巨大オムライスを写真に収めた。


 どうして今まで、柴田さんの料理の写真を撮ろうと思いつかなかったんだろう?

 これからは毎食写真を撮ろう。そしてプリントして日付を書いて、アルバムにしまおう。


 ——これからも夕ご飯作らせてください!


 柴田のメッセージを思い出すと、頬がゆるんでしまう。


 これからも、ずっと長く——。


 オムライスを食べ終わったら、柴田さんにそういう話をしよう。柘植野は改めて決意し、テーブルの前に座った。


「うーん、デカい」


 2人分と間違えたんじゃないかというくらいデッカいオムライスだ。

 でもケチャップのハートをできるだけデッカく描きたかったから、このサイズなのかもしれない。

 柘植野はポジティブに考えて、またニヤけた。


 オムライスには輪切りのにんじんとブロッコリーが添えてある。

 そういえば、ブロッコリーのグラタンから全部が始まったんだったな。


 柴田が灼熱しゃくねつのグラタン皿を持って突撃してきたのを、感慨かんがい深く思い出す。鼻の奥がツンとして泣きそうになる。


 僕たちは、あの日から始まったんだ。


 柘植野は急いでブロッコリーをスプーンに乗せた。いつもの癖で、添え物から食べ始める。


 グラタンのブロッコリーは穏やかな黄緑だったけれど、今日のブロッコリーはぱきっと鮮やかなグリーン。単体で食べるなら、この方が食欲が湧いてくる。


 口を大きく開けて丸ごと口に入れた。噛むたびにザクザクと鳴る。かといって筋っぽさはない。

 くきだけでなく、つぼみの部分までしゃっきりとでられた素晴らしいブロッコリーだった。

 爽やかな野菜の味わいで口がいっぱいになる。ほのかな甘みが舌をくすぐる。


 ソースも塩も付けていないのにこんなにおいしい。僕の好きな人はこんなにブロッコリーをでるのが上手い……!!


 早くほかも食べなければ冷めてしまうと分かっている。でも涙がじわじわと湧いてきて、柘植野はしばし食べられなかった。


「おいしいよぉ〜……」


 涙声で言いながら、オムライスにスプーンを立てた。


 いわゆる「ふわとろオムライス」だ。

 真ん中を割ってパカーンとするやつを柴田さんもやったんだろうか。それは確かに繊細な作業を要求されただろうな。

 パカーンとするところを見せてほしかったけど仕方がない。


 ケチャップのハートがもったいないので、柘植野はケチャップのかかっていないはしから食べ始めた。とろとろプルプルの卵がすごい。


 僕の好きな人が料理上手すぎる。また柘植野は泣きそうになる。


 口に運ぶ間にも、半熟卵とバターの濃厚な香りが早速食欲を刺激する。お腹がぐうと鳴る。

 ケチャップライスのトマトの香りも漂ってきた。口がこれから味わう快感を想像して待ち構える。

 ぱくり。


「ン〜〜!! おいし!!」


 口の中でとろとろにほどけた半熟卵から濃密なバターの香りがあふれ、それをケチャップライスの酸味がキュッと引き締める。


 大きめに切られた玉ねぎは、少しだけピリッとした味を残す程度に炒められている。

 とろけるような幸福の味に、時折玉ねぎがアクセントになってたまらない。


 柘植野はひと口を飲み込む前にもうひと口をすくった。

 そしてハートマークに感激しながら、夢中で2人分はありそうなオムライスを食べ終えた。


 柴田さんに、ファンレターを書かなければ。

 柘植野は泣きすぎて鼻をかみながら、今日の書き出しを考える。 


 書き出しを捕まえたら、今日は言葉が踊るステップに任せよう。


 言葉が思考を飛び越えて踊り出すことがある。そういうときは、言葉が踊るのに任せればうまくいく。

 今日はそんな夜だ。

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