第32話 具沢山のにゅうめん

 ぽかぽかと暖かくて、少し暑くて、柴田は目を覚ました。顔にやわらかい息が当たっている。

 柴田はびっくりして身体を硬くした。


 柴田に抱きついている柘植野は「うーん」とかわいらしい声でむにゃむにゃ言って、また眠りに沈んでいった。


 抱きつかれているのだ。柘植野の腕は柴田の腰に回されている。脚が絡んで、2人の下腹部はしっかり密着している。2人の硬くなった男の部分もぴったり合わさって……。


 こ、これは、生理現象!! 生理現象だから!!

 柴田は咄嗟とっさに言い訳をした。


 初めて自分以外の男のモノに触れたことにドギマギしている。それだけだ。エッチなことなんて考えてない。


 そうやって頭をぐるぐるさせる間にも、柴田のそこは熱をもち始め、硬くなっていく。


 ヤバい、ヤバい、柘植野さんを襲おうとしてると思われる!! こんなところで嫌われたくないよー!!


 柘植野が身じろぎをして、ぐり、と硬いもの同士がこすれた。


「ンアッ」


 思わず柴田は声を上げてしまった。柴田は口を手で覆いたかったが、柘植野の顔がそばにあるから無理だった。


 初めての感覚に、柴田は涙目になった。もう一回こすり付けてほしかった。びりびりする快感をもう一度味わいたかった。


 いっそ柘植野さんの細い腰を抱き寄せて、思い切り押し当ててしまうのはダメ……だよな……。


 もしかして柘植野さんはもう起きていて、おれに意地悪してるのかも……?

 おれが反応して、えっちな雰囲気になるのを待ってるんじゃ……!?


 柴田は柘植野の髪をそっと撫でてみた。


「んん……?」


 柘植野はむにゃむにゃ言って、またすうすうと寝息を立てて眠ってしまった。


 無自覚じゃん!!

 誰でもこうやって抱き枕にするんじゃん!!

 絶対おれ以外の男もこうやって勘違いさせてるんじゃん!!

 柘植野さんのバカ!! 好き!!


 もう一回こすり付けたい。でも柘植野さんにバレたら嫌われる。いや、嫌われる前にえっちな雰囲気に持っていけば嫌われないのでは……。

 そんな上級者なことできないよ!!


 柘植野の華奢きゃしゃなつくりの顔を間近で見る。

 その唇に触れてみたくなる。色白な顔の中で、べにをさしたような、薄い桃色の唇だった。

 うっすらと開いて、無防備な様子にドキドキさせられる。


 キスってどんな感じだろう。

 初めては柘植野さんがよかった。そう言ったら、許してもらえるよな。


 柴田はそっと髪に触れてみた。柘植野は起きない。

 唇を突き出して、顔と顔をすごく近くに寄せる。心臓がばくばく打っている。

 まつ毛とまつ毛が触れるくらいに顔を寄せて——。


「あー! ダメです! ダメ! 上級者すぎる! 柘植野さん朝ですよー!!」


 柴田は絡んだ脚を急いでほどいて、柘植野の腕を腰から外す。


「ふにゃ……?」


 急に抱き枕がいなくなって、柘植野はぼんやりした顔で目を開けた。ぱちぱちとまばたきをして、また目を閉じる。


「柘植野さん起きてー! 朝ですよー!」

「うぅん……。何時……」

「何時だろ。7時ですよ!」

「まだ早い……」

「朝ごはん、おじやとにゅうめんとどっちがいいですか!」

「んぅ……にゅうめん」

「分かりました。寝てていいですから」


 柘植野は返事をせず、布団を引き上げてまた眠ってしまった。


 柘植野さんって寝起きが悪いんだ。カワイイ~~ッ!!

 いつもは大人っぽい柘植野さんがむにゃむにゃ言ってるの、かわいすぎ!!


 柴田はときめく胸を押さえて台所に立った。今日は粉末だしじゃなくて、最初から出汁だしを取ろう。

 一つひとつ落ち着いてやらないと、舞い上がってしまいそうだった。


 昆布を軽く拭いて水にひたす。時間がかかるけど、柘植野さんはまだまだ起きてきそうにないので構わない。


 柘植野さんに「ファンレター」をもらううちに、柘植野さんの味覚が分かってきた。


 柘植野さんは出汁が好きだ。特に昆布をしっかり効かせた出汁が好き。

 実家では基本的にかつお節と煮干しの出汁を作っていたのだが、柘植野さんは出汁に煮干しを入れると「パワフルな味」なんてコメントを返してくる。煮干し入りの出汁に慣れていないんだろう。


 だんだん自分の作る料理が柘植野さんの好みに寄っていく。ときどきめちゃくちゃ甘じょっぱいものを作りたくなって、いつもの味付けで作る。

 そうやって、2人の味覚をいったりきたりして過ごした2ヶ月半だった。3月の半ばに出会って、もう5月の終わりだ。


 柴田は冷蔵庫の中身を確かめて、生姜しょうがを取り出す。風邪っぴきの柘植野さんの身体が温まるように、たくさん入れたい。大きめのひと塊を切り落とす。


 今日はチューブではなく、生の生姜にした。その方が身体が温まりそうなイメージがある。あくまでイメージである。


 昆布を浸す間に、冷蔵庫をのぞいて身体によさそうな野菜を刻む。

 長ねぎ、にんじん、固めのかぼちゃ、ええい、スナップエンドウも入れてしまえ!


 昆布とかつお節の出汁が取れたら野菜をでるかたわらにそうめんを準備。


 我ながら手際がいい。もう一品作っちゃおうかな……。


「柴田さんごめんなさい……作ってもらっちゃって……」

「わ! いいんですよ全然全然! 寝ててくださいね」


 柘植野が起き出してきた。柴田は、寝ている柘植野にキスしようとしたのに今さら罪悪感を覚えた。

 柘植野は額に冷却シートを貼って、マスクをしているから目しか見えない。


 目しか見えないのにすごくかわいい。どうしよう。


 味見しても全然味が分からない。こんなの全部、柘植野さんのせいですからね!!


 溶いた卵を鍋に回しかけて、具沢山ぐだくさんにゅうめんのできあがり。


「柘植野さーん! できましたよー!」

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