第33話 まだ酸っぱくない恋愛相談
「それは恋だな」
浅井は高級そうなスラックスに包まれた脚をだらりと組む。大柄で筋肉質な身体をソファ席に預ける。
それから柴田に開封前のマドラーを突きつけて、断言した。
浅井は水曜が休みらしく、柴田は平日昼にカフェに呼び出された。
大学内のカフェだが、柴田は1コマしか授業が空いていないので早めに話をしないといけない。
「やっぱり恋ですか……」
柴田は恥ずかしくて肩を縮めた。
「別に初恋じゃないんでしょ?」
「そう、ですけどぉ~……」
「どういう男がタイプなの?」
浅井は使い捨てマドラーの紙袋を雑に開けながら、柴田の返事を待った。
「うーん……。タイプ……?」
「そっかー。じゃ、柘植野のどこがいいわけ?」
「それは、ちゃんと叱ってくれるところかなって」
本当はご飯パトロンとしてファンレターを送り続けてくれるのが嬉しい。でもご飯パトロンのことは口止めされているので、2番目に思いついた理由を言った。
「ふーん。例えば?」
「えーっと、東京ではいきなりおすそ分けに行かないとか、人の容姿のことは言っちゃいけないとか、厳しいんじゃなくて
言いながら、柴田は自分の頬が熱くなっていくのを感じた。
「待って? 柘植野とそんなに仲いいの?」
「えっと、お隣だからよくしてもらってます」
「ふーん……? 手は出されてないの?」
「へっ!? そんなことないです! 全然!」
柴田はびっくりして否定した。
そのあとで「ハグしてくれたのは手を出されたうちに入るかな」と思ったが、たぶん入らないので言うのをやめた。
抱き枕にされたのも、無自覚だからカウントしなくていいだろう。あの朝、柘植野は何も覚えていない様子だった。
「ほーん。よく我慢してるな。あいつめちゃくちゃ性欲強いからさ~」
浅井はさらっと柘植野の秘密を暴露した。それから身を乗り出して、柴田の耳に口を近づけた。
「柘植野の部屋から聞こえない? 喘ぎ声、とか」
「ふぇぇ……そんなの聞こえないですぅ……」
浅井のあけすけな質問に、柴田は恥ずかしさの限界を突破し、へにゃへにゃの声で否定した。浅井はニヤニヤ笑っている。
浅井さんの言うことは、どこまで本当なのか分からない。
浅井さんは柘植野さんのお友達だと言っているけど、それも嘘かもしれない。
柴田は浅井の誘いに乗ってノコノコ出てきたことを後悔し始めた。
「じゃあ柘植野はどこでオナってんの? さては別の男の家に入り浸ってるな?」
「そんなぁ~!」
柴田は涙目で、もう帰りたかった。柘植野の生々しい側面を想像させられたくなかった。
浅井は柴田を横目で見て、薄く笑った。
「まあ、柘植野はそういう奴だから、付け入る
「やっぱりそうなんですか……」
柴田は思い切りしょげた。これだけ確かめられれば十分だった。
もう帰ろう。柘植野さんは諦めよう。
「いやいや、待ちなさいって。攻略法を考えればいいじゃん」
「攻略法?」
浅井はアイスコーヒーを飲み干して、また笑った。
「考えとくから、またお茶しようか。柴田くんのことも、今度じっくり教えてよ」
キメ顔を作って立ち上がりかける浅井を、柴田が呼び止めた。
「待ってください! なんで浅井さんはおれに協力してくれるんですか?」
「おもしろいから。柘植野が柴田くんとてんやわんやするのを見たいから。じゃあね」
浅井はさっさとグラスを返却ブースに置き、カフェを出て行った。
本当のところ、浅井には、柘植野への恋で赤くなったり落ち込んだりする柴田を見るのが楽しいから、という理由もある。そんなことは本人に言わないが。
柴田は、浅井のセリフを思い返して考えた。「おもしろいから」。変な理由だけど、浅井の
「信用していいのかな~……」
ホイップの乗ったシェークを飲みながら悩む。
浅井に相談したら、「浅井を信用すべきか否か」という問題が新たに湧いてきて、余計にこんがらがってしまった。
浅井に柘植野との関係を聞いても、「大学からの友達」と言われ、それ以上は上手く煙にまかれてしまう。
シェークに混ざったいちごの果肉を噛むとキュッと甘酸っぱい。「それは恋だな」と言われたのを思い出す。
恋って甘酸っぱいって言うよな。
でも、柘植野さんはおれに優しいから、まだ酸っぱいところが出てこない。
それともこの満たされない気持ちが、酸っぱいところなんだろうか。
スマホの通知が鳴った。浅井からだった。
『再来週の同じ時間、空けといてな』
柴田はため息をついた。よくない相手に気に入られてしまった気がする。
でも、柘植野さんに攻略法があるなら……!
柴田は仕方なく、『分かりました』と返信をした。
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