第24話 浅井の襲来

 その事件は、久しぶりに柴田が余裕のある休日を持て余し、柘植野と2人でスーパーに行った日に起きた。


◇◇◇


 柘植野は混み合うゴールデンウィークと日程をずらして帰省した。久々に帰ってきた息子に両親は喜び、夕飯のテーブルには何品もおかずが並んだ。


「うちの料理は出汁だしが効いてるね」

「そう? 昆布をよくいただくから」

「昆布出汁なんだ……」

「そうだけど。かつお節も入ってるよ。どうして?」

「いや、なんでもない」


 ご飯パトロンのことはなんとなく隠してしまう。

 やっぱり実家の味が好きだな。


 でも柴田さんの甘じょっぱい味も好きだ。

 2つもお気に入りの味付けがあるなんて、僕はよほど幸運だ。


 帰省から帰ってきたら、柴田がスーパーに一緒に行こうと言うので着いて行った。

 柴田は相変わらず、ダサそうでダサくないカラフルな鳥の柄のエコバッグを持っている。


 柴田は自転車を押していく。たくさん買い込むつもりだ。


「わ、もうスイカ!?」


 スーパー入ってすぐ、果物コーナーを見て、柘植野は思わず声を上げた。カットスイカのパックがぎっしり並んでいる。初夏とはいえ、まだ5月末なのに。


「もう夏ですね~」


 2人はズッキーニ、とうもろこし、ゴーヤ、パプリカが堂々と並べられているのにいちいち「夏ですね~」と言い合って、くすくす笑った。


「あ、花火売ってる」

「わ! 花火やりたいです。やりましょうよ」

「えっと、やれる場所あるかな? 公園はどこも火気厳禁だから……。調べておきます」

「ありがとうございます!」


 花火なんて大学のお友達とやればいいのに、と柘植野は思ったけれど、言わない。自分を誘ってくれたのが嬉しいから。


 柴田が自転車を押して、マンション前まで戻ったそのとき。


「お? 柘植野?」


 ハリのある声に呼び止められて、柘植野はギクっと振り返った。ラフな格好の浅井が立っていた。


「は? え? もう別れたの?」

「別れてないけど、柘植野くんが寂しがってないかと——」

「わーッ!!」


 柘植野は大声を出して浅井をさえぎった。脂汗あぶらあせが浮いてくる。


 柴田さんに、浅井とのズブズブのただれた関係を知られるわけにはいかない……!!


「え、その子といい感じなの? 年下には手ぇ出さないって……ずいぶん年下じゃん?」


 浅井は柴田を目で示してたずねた。

 柴田は状況が分からない顔で、目を丸くして柘植野と浅井を交互に見ている。


「ちょっ……柴田さんはそういうんじゃないから! 柴田さんをそういう目で見るなよ気持ち悪い……。柴田さんに謝れよ!」

「……?」


 柴田は首を傾げていたが、少し遅れて柘植野と自分をカップル扱いされていると理解した。

 柴田の頬がぼっと赤くなる。それを見た柘植野も焦って頬を染める。


「おお……なんかごめんね……?」

「あ、大丈夫です……」


 柴田は肩を縮めて答えた。


「そっかー。まあ、せっかく来たからとりあえず家に上げてよ」

「いや、彼氏は……。分かった、分かったから家で話そう」


 これ以上柴田に、浅井を悪く言うところを見られたくなかった。


 柘植野はエコバッグを柴田に渡して、それぞれの部屋の前で別れた。柴田は終始顔にハテナを浮かべたまま浅井に会釈えしゃくをして、玄関を閉めた。


 柘植野が先に部屋に入り、浅井が続く。玄関の鍵を閉めてから、浅井は柘植野の腰に腕を回して引き寄せた。


「うわ!? やめろよ!!」

「彼氏が冷たいんだわ。慰めてよ柘植野くん」


 柘植野は回された腕をほどこうとしたが、少しもゆるまない。力の差は歴然だった。


 ちゅ。浅井が柘植野の首筋にキスを落とす。柘植野の肩がビクッと震えた。

 浅井は首筋をたどるようにキスを落としていく。柘植野の口から、はぁっと甘い息が漏れる。身体から力が抜けて、浅井に体重を預けた。


「柘植野くん、カワイイ~」


 ニヤついた浅井のあごに、綺麗きれいな頭突きが入った。


「うわっ!?」


 悶絶もんぜつする浅井の顔にもう一発、正面から頭突き。


「うぉっ……」


 浅井は顔をおおってよろよろとしゃがみ込んだ。


「出てけよ。二度と顔見せんな。彼氏とよろしくやってろよ」

「悪かったって。フリーのときだけにするから」

「『二度と』顔見せんな。こっちには立場があるんだよ」

「ちょ、ちょい待ち、鼻血出てるから」

「ハンカチティッシュくらい持ち歩いとけ」


 柘植野は玄関を開け、しゃがみ込んでいる浅井を転がすようにして追い出した。


 浅井は廊下にボタボタ鼻血を垂らしながら立ち上がった。Tシャツに血が垂れてシミになる。


「ヤバ……これ洗って落ちるかな」


 鼻をつまんでため息をつく。ブランドものの服なのだ。


「あいつハンカチティッシュを持ち歩いてんの? マメすぎん? カワイイ~」


 反省の色をまったく見せずに、鼻を押さえながらくつくつと笑う。それから隣室のドアベルを鳴らした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る