第20話 秘密のお夜食

『杏仁豆腐とプリン、どっちがいいですか』


 柴田にメッセージを送った。少し待ったけど、返信はなかった。

 柘植野はエコバッグを提げてコンビニを出た。返信はまだない。


 お風呂に入っているのかも。もう寝ているのかも。僕は柴田さんのお邪魔かもしれない。でも一緒に食べたい。


 焼酎とビールでふわふわした頭で、ドアベルを鳴らした。


「はーい。あ、おかえりなさい」


 柴田が「おかえりなさい」と言っただけで柘植野は泣きそうになる。「『このマンションに』おかえりなさい」なのに、あたたかい家庭に迎えられた気持ちになった。

 富山の実家にはしばらく帰っていない。急に恋しくなる。


「プリンと杏仁豆腐、買ってきました。一緒に食べませんか」

「わ! ぜひぜひ! 嬉しいです! 上がっていきます?」

「いいですか?」


 柘植野は進められるまま靴を脱いで台所を通り、柴田の部屋に上がった。

 段ボールが2箱残っている。いかにも引っ越ししたばかりのような、どこも整頓された部屋だった。

 一緒に住んだら、僕が散らかして怒られちゃうなあ。


「はい。杏仁豆腐とプリン」

「えっ! 1人ひとつずつ!?」

「だって『どっちがいいですか』って聞いても返信がないんですもん」

「あー! ごめんなさい! 親からの連絡かと思って無視しちゃいました」

「いやいや。夜食にこっそり甘いものを食べちゃいましょ」

「こっそりお夜食、いいですね〜! ありがとうございます! スプーン取ってきますね」


 柘植野はふわふわとした心地だった。柴田の部屋を見回して、気恥ずかしくなってくすくす笑ったりした。


「いただきます」

「いただきまーす。柘植野さんはどっちから食べますか」

「僕は杏仁豆腐を取っておこうと思います」

「好きなものは取っておく派でしたか~」


 柴田も柘植野より大柄だから、粕川かすがわのように顔をのぞき込んで話す。

 先ほどのビリビリするような期待を、アルコールに飲まれかけている理性で押し殺している。


 柴田さんの顔に唇を寄せたらどんな顔をするだろう。肩に身体を預けたら?

 柴田さんの手はあたたかそうで、握ってみたい。


 甘ったるい願望が表情でバレないように、顔をそむけた。


 「男なら誰でもいい」。そんなすさんだ欲望を向けるのが、よりによって自分が大切に思っている若者であってはならない。


「柘植野さん、おれのことでしほりさんになんか言われたんですか」

「ん?」


 柴田のしょげた目が柘植野を見る。

 柘植野の心の中で愛しさがせりあがった。柴田を抱きしめて、そんなことないよと撫で回してあげたかった。


「そんなことないですよ。しほりは柴田さんのことをすごく褒めてたし」

「そうですか? 何かあったんですか? 元気なさそうに見えます」


 柴田は、今度は眉を下げて心配の表情で柘植野を見た。

 柘植野は図星を突かれて身体を硬くした。


「そう見えますか? ごめんなさい……」

「いや、言いにくいことなら、いいんですけど……」


 言いにくいことばかりだった。

 性欲が強いこと。セックスしたくて男の家に上がり込んだこと。

 昔の話を蒸し返されて逃げるように出てきたこと。そして、昔の話。


「……柴田さんは、すごくとしが離れてる人と付き合っちゃダメですよ。世間知らずなのにつけ込んで、いいようにされるから」

「……分かりました」


 ぽつぽつと話をしながら、合計4つのプラカップを空にした。

 何を話したかなんて覚えてなかった。柴田の新居の家具の話とか、そんなどうでもいいことだったと思う。


 プリンも杏仁豆腐も、なんだかすごく甘かった。それしか分からなかった。


 柴田は心配そうな顔で「また明日」と言って柘植野を送り出した。まるで、柘植野に明日も会えますように、という祈りみたいにそう言った。


 柘植野は飲みすぎて何も考えられなかった。全部全部間違えたことは分かっていた。でもどこをどう間違えたのか分からないから、手のつけようがなくて怖かった。


 僕は柴田さんを導く立場なのに。心配をかけちゃいけないのに。


 ああ、そこを間違えたからこんなに苦しいんだ……!

 息が詰まるような苦しさを振り払って、ベッドに倒れ込んだ。限界だった。


 ベルトを引き抜いてジッパーを下ろす。下着の上から触るとすぐに芯をもって勃ち上がり始める。

 ワイシャツを乱暴に引き上げて胸を探る。すでに硬くなっているそこを、いきなりきゅうっとつまむ。


「アッ」


 喉の奥から濁った声が漏れてしまった。柴田さんに聞こえただろうか? 慌てて布団を噛んで声を抑える。

 下着に収まらなくなってきたら、一気に下着を引き下ろすのが好きだ。敏感な先端が下着にこすれて、またくぐもった声が漏れた。


「ふーっ、ふーっ」


 久々の自慰じいに、そこはガチガチに硬くなっていた。手で刺激するだけでいつも以上の快感が下腹部に溜まっていく。

 ティッシュの箱を引き寄せて、吐精した。


「あー……」


 まだえていないそれをもう一度しごく。


「やば、やばい気持ちいい……」


 禁欲のせいで敏感になった柘植野の身体は刺激を求め続け、3度絶頂を迎えた。


 後ろ、はダメだよね……。汚い声出ちゃうから……。


 柘植野は、まだ満たされない性欲にぶるりと身体を震わせた。渋々下着を履いて布団にもぐりこむと、酒の力もあってすんなり眠りに落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る