第18話 このまま笑っててよ?

 文渡あやととしほりは2軒目に飲みに行く約束だった。


 しかし文渡は、方向音痴の柴田を1人で帰すのが心配で仕方なかった。

 だが、彼も成人しているのだし、1人で帰れないようでは困る。心を鬼にして柴田と別れた。


「さてさて、飲んじゃいますか~! 焼酎? 焼酎?」

「割り勘ね」

「大先生のくせにケチね」

「やめてよ。大してもうかってないよ。あなたの方が稼いでるでしょう」

「お兄ちゃんの年収を知らないから、なんとも」


 さらっと話題をかわしたしほりは、コンサル企業の広報部で働いている。


「柴田くん、めちゃくちゃいい子じゃん!!」

「……そう思う?」


 柘植野はほっとした。今日は最初からずっとテストされているような気分だったと、今になって気づいた。


 自分が気にかけている青年が、自分とうまくやっていけるのか。

 「大丈夫」と自分に言い聞かせながら、実はずっと不安だったんだ。


「マリに似てる。尻尾振って突撃してきそう」

「でしょ」


 2人は亡き犬を思い出して、柴田に重ねて笑った。


「マリに似てるから大丈夫って思うの、よく分かったよ。まっすぐだね。ひねくれて自分の気持ちを隠したりしない人」

「うん」

「それに、お兄ちゃんの笑顔が増えた」

「……そう?」


 満面の笑みで言われて、恥ずかしくなる。


「そうだよ。柴田くんのこと疑って、いろいろ言ってごめんね」

「ううん。あなたは僕を本当に気にかけてくれる」

「うん。このまま笑っててよ?」


 話はここまで、というように、しほりは前を向いてぐんぐん歩き出した。飲み屋はもう決めてあるらしい。


 文渡は、しほりの言葉に胸を打たれてしばし立ち止まり、駆け足で追いかけた。


 柴田さんとの関係は、僕を明るい方へと引き上げてくれる。


 そういえば、「あのひと」のことを思い出して泣いたり沈んだりすることが減った。

 はじめは隣室に泣き声を聞かれたくない気持ちだった。

 でも、そのうち自然と10年前にあったことから意識が離れていった。


 このまま笑っていられる。そんな気がする。

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