第11話 パトロンにしてくれませんか②


「ねえ、柴田さん。僕をパトロンにしてくれませんか?」


 突飛とっぴな提案をした。目の前の青年は、腰に手を当てて首をかしげた。


「パトロン……って、なんでしたっけ?」

「ファンとして、柴田さんに出資する人間のことです」

「ファン!?」


 柴田は目を丸くして、それから照れた顔で目を逸らした。


「おれは、そこまでじゃ……」

「僕は柴田さんのお料理がとても好きです。……お邪魔してもいいですか?」

「あ、どうぞどうぞ」


 柘植野は、柴田の家の敷居を初めてまたいだ。

 今、柴田さんに踏み込もうとしている。ものすごく難しい関係を作ろうとしている。

 柘植野は一瞬、身体をこわばらせた。


 柴田の家の玄関はスニーカーが1足あるだけで、すみに引っ越しの段ボールが2段積んであり、さっぱりとしていた。


 柴田はサンダルを脱いで玄関を上がったので、柘植野はいつもよりさらに柴田を見上げる形になった。


「パトロンと言ってもさすがに、柴田さんの生活すべてを支える出資はできません」

「あ、そりゃそうですよね、そんなことお願いできないし」

「僕はファンとして、柴田さんが作ってくれる夕ご飯に出資をします」

「ご飯パトロンだ」


 柴田がひらめいたように言うので、柘植野はくすくす笑った。


「そうですね。材料費にプラスでお金をお支払いします」

「えーっ!? アルバイトになっちゃいますよ」

「アルバイトとパトロンの何が違うかというと、柴田さんに義務がないところです。僕は柴田さんの『才能』にれ込んでお金をお支払いする。僕が払うお金はお料理の対価じゃないんです」

「なるほど……?」

「だから柴田さんは1ヶ月に一度もお料理を作らなくて構わない」

「えっ!?」


 柴田はぶんぶんと顔の前で手を振った。けれども柘植野は気にせず話を続けた。


「大学は結構忙しいですよ。重荷にならない範囲で、夕ご飯を食べさせてください」


 この条件が柘植野のこだわりだった。

 若者の勉学を邪魔してはいけない。心の支えとして感想が欲しいときだけ、夕ご飯を食べさせてもらえればよかった。

 だから「パトロン」という関係を選んだ。


 ——僕をいいように使ってください。


 わざわざ言わないけれど、柘植野はそう思っている。


「もちろんファンレターを書きます。どうですか? すぐに決めなくて構いません」

「いや、めっちゃありがたいお話です……!」


 柴田の頬は嬉しさに上気して、身体の前で手をぎゅっと握り合わせていた。今にもぴょんぴょん飛び跳ねそうな、嬉しくてたまらない顔をしている。


「じゃあ前向きに話を進めましょう。ところで、お金は発生するから税金のことを考えないといけないんだけど——」

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