第10話 パトロンにしてくれませんか①

 食器を洗い終わった柘植野は、封筒と一筆箋を取り出した。


「柴田さん」


 名前だけ書いて、柴田の下の名前すら知らないことに気づく。柴田も「文渡あやと」という名前を知らない。


 僕たちは、もう少しだけ近づいてもいいんじゃないかな。


「柴田さん 今日もおいしいお料理をありがとうございました。もしかして、パン粉も手作りなのでしょうか? 市販のものより粒が大きくて、その分ザクザクとした食感が楽しかったです。焼き加減も素晴らしく、パン粉の金色の焼き色も、タラの食感も思わずパーフェクトと言いたくなる仕上がりでした。見ても食べても楽しいお料理を作れるのが柴田さんの素敵なところだと思います。ポタージュもなめらかで、優しい味が(個人的な話ですが)実家の味を思い出しました。献立こんだての取り合わせとしても食べ比べて楽しく——」


 今回は一筆箋いっぴつせん6枚にわたって書いてしまった。レターセットを買いに行かなければ。


 そう考えている自分に気づいて、柘植野は呆れて笑った。

 もう、僕の心は決まっているじゃないか。


 柴田となら大丈夫な気がした。本当にくだらない理由で——マリに似ているから。

 尻尾を振って飛びついてくる素直なおばあちゃん犬みたいだから、大丈夫かもしれないと思った。


「マリ」


 天国に向かって呼んでみる。

 柴田さんは、素直だねぇって褒められて尻尾を振っていたおばあちゃん犬と、ちょっと似ている。


 柴田さんに踏み込んでみたい。柴田さんが感想を求めるなら、そこに僕の言葉をそそいであげたい。だって僕は——。


 千円札を封筒に滑りこませる。

 材料費という口実だけど、仮に1年渡し続けたら1ヶ月で3万円、1年で36万円。

 払うのは構わないが、それだけの金額になるとそれはもう立派なアルバイトだ。税金についてきちんと話しておかなければならない。


 それならばいっそのこと……?


◇◇◇


 翌朝、柘植野は隣室のドアベルを鳴らした。食器を返して、封筒を渡す。


「ごちそうさまでした。おいしかったです」

「またお手紙!? ほんとーっ!!に嬉しいです!! 昨日のお手紙もすっごい嬉しくて……語彙力レベル100なんですか? 食レポの天才ですよ」


 力を込めてまくし立てる青年がまぶしくて、柘植野はくすくす笑った。


「ねえ、柴田さん。僕をパトロンにしてくれませんか?」

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