第6話 アッツアツのグラタン②

 今度はブロッコリーをすくう。ソースとチーズをまとった綺麗きれいな緑に、柘植野の期待が高まる。


 ふうふうしてから口に入れると、ホワイトソースはちょうどいい温度だった。

 やはり、濃厚すぎないところが母のホワイトソースに似ている。チーズの香りがたっぷりと口に広がる。


 ブロッコリーに歯を立てる。

 ほろっと噛み切れて、筋っぽさのかけらもない。こんなに食感のいいブロッコリーは久しぶりに食べた。

 野菜の優しい甘みを濃厚なチーズが包み込む。


「何これおいしい~!」


 柘植野は感激のあまり、声をらした。


 パン粉とチーズの隙間から、ブロッコリーの鮮やかな緑がそこかしこに見える。

 まだまだこのおいしさを味わえるなんて、と柘植野は感激した。


 それにまだ鶏肉を食べていない。どれだけおいしい鶏肉がこの金色のグラタンに埋まっているのか……!!


 柘植野はしほりの忠告がどうでもよくなった。ひと口ずつ味わいながらグラタンを食べる。

 これに変な薬が混ぜられていたとして、文句を言えないくらいにおいしい、というのは大げさかもしれないけれど。


 そもそも「変な薬」ってなんだろう。

 身体が火照ほてって熱くなって、誰でもいいから素肌のぬくもりが欲しくなっちゃって、隣の部屋に押しかけて抱擁ほうようとぬくもりを求めてしまうお薬のことをしほりは言ってるのかな? 我が妹ながら発想が心配である。


 それに柴田さんなら……純朴で経験が少なそうだし、笑顔が優しくて、筋肉のハリを感じる身体つきもなかなか……。


「わーッ!! いけない!! これはいけない!!」


 柘植野は思わず大声を出した。あんなに年若い、ウブそうな青年のことをイケナイ目で見てしまった……。


 柘植野はすっかりしょげたが、グラタンは相変わらずおいしい。食べ進めるうちに、アウトな妄想はすっかり忘れて元気がみなぎってきた。

 パン粉とチーズのカリカリまで、スプーンですくって食べ尽くす。


「美味しゅうございました!」


 パンっと手を合わせてごちそうさまをした。


 食べ終わる頃には、グラタン皿は素手で持てる温度になっていた。

 チーズがこびりついているので、シンクで水に浸しておく。あとで洗って、明日には返したほうがいいだろう。

 幸福感に包まれてスプーンを洗う。そして柘植野は、しほりの言葉を思い出した。


『忠告してくれたのにごめん……。胃袋つかまれちゃったよ……』


 しほりにメッセージを送ると、即返信がきた。


『早!?お隣さん料理人!?』


 そしてあきれた顔のスタンプが送られてきた。


『料理人かもね。調理師専門学校の学生かも』


 考えてみれば、大学生とは限らない。私立大学が近いので、そこの学生だと思い込んでいたのだが。


 調理師学校の学生だから、大きなグラタン皿を持っているのだろうか? 課題の練習に使ったり、同級生を招いて料理を振る舞ったりするのだろうか?


 急に隣の青年の素性すじょうが気になってきた。皿を返すときに聞いてみることにする。

 それから、ただ皿だけを返すのではいけない気がして、一筆箋いっぴつせんと万年筆を取り出した。


「柴田さん 大変おいしいものをありがとうございました。おっしゃる通り、あのパン粉は焼き立てを食べなければもったいない絶妙な焼き加減でした。噛むたびにサクサクと音を立てるのも楽しく、耳でも味わえるお料理でした。個人的にはブロッコリーの火加減がとても好みです。ほっくりとした歯ごたえ、あれほど好みの食感のブロッコリーは滅多に食べられません——」


 想いをつづったら長すぎて、一筆箋5枚にわたるメッセージになってしまった。

 封筒に千円札1枚と一緒に入れる。材料費を払わないのもなんだしな、と思ったから。


 柴田さんは、一回しか会ったことのない僕にこんなにおいしいおすそわけをしてくれた。

 若い人が勇気を持って踏み込んでくれるなら、相応の感謝でこたえなければ。


 でもそれって、若者と適切な距離を保つことと矛盾してないか?

 柘植野はしばし考え込んだ。


「……まあいいか」


 思考を放棄して、封筒を渡すのを忘れないようにテーブルに置いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る