第37話 信頼

 病院を出ると、冷たい風が首筋を通り抜けた。もう少しで冬がやってくるような、そんな気配がした。


「茜君」

 声をかけられて振り向く。そこには波瑠の両親が立っていた。


「少しだけ、時間いいかな?」

「もちろんです」 


 病院入り口の脇に移動すると、父親が口を開いた。

「待ち伏せするような形になってすまないね。さっきの話し合いの後、波瑠が君と話したそうにしていたから、邪魔しないように待っていたんだ」

 父親の言葉にいまいち納得がいかなかった。

「そんな風に見えましたか……?」

「ずっと波瑠の親をしてきたからそれくらいのことは分かるさ。ただね、波瑠は自分の気持ちを隠すのも得意なんだ。君は波瑠が強い子だと思うかい?」


 そう言われて言葉に詰まった。確かに波瑠はいつも前向きで、俺を引っ張ってくれて、笑顔で照らしてくれる。でも頭に浮かんだのは、誰もいない砂浜で俺の上にまたがって大粒の涙を流す波瑠の姿だった。


「……強い一面もあると思います。でも一人で抱え込むから、限界に達した時にとても危うくて脆い」

 父親は少し寂しそうに微笑んだ。

「君はそんな波瑠を知っているんだね。羨ましいな」

 最後は独り言のようだった。


「波瑠は私達家族の前で一度も弱音を吐いたことがないんだよ」

「一度も、ですか?」

「ああ。だから波瑠がどれだけ苦しんでいるのか、どうして手術を受けたくないのか、色々と分からないことが多かったんだ。でも急に波瑠は手術を受けると言い出した。それは茜君、君のおかげだろう?」

「俺はお金を用意しただけで……」

「別にお金のことだけを言っているんじゃないよ。私達もお金のことは心配しなくていいと波瑠に話したことがあったが、あっさり断られてしまってね。君が波瑠の心の隙間を埋めてくれたおかげで手術を受ける気になってくれたんだと思うんだよ。だから改めて礼を言わせてくれ……娘の力になってくれて、どうもありがとう」


 そう言って、波瑠の両親は頭を下げた。どうしてこの人たちは俺にそんなことが言える。


「俺のことは何も聞かないんですか?」

 言いたくないくせに、ひねくれた心が働いてそんな言葉が口を出た。


 波瑠は「何か聞かれたらうまくいっておく」なんて言ってくれたけど、この人たちにはそれを聞く権利がある。それを聞いてこないのはあまりに不自然だと思った。

 両親は頭を上げた。そして父親が口を開く。


「さっきもわざと言わなかったんだろう? 勝手に聞きだしたら、後で波瑠に叱られてしまうよ」

 そう言って父親は笑った。

「私達は波瑠が信じるあなたを信じるよ」

 その言葉を聞いて、本当に絆で結ばれた家族なんだと思った。


 波瑠の親とは少し話して別れた。俺も波瑠や、波瑠の親に信じてもらえるにふさわしい人間になりたい。体に力がみなぎるような感じがして、セミナー会場へと走って向かった。

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