第19話 おまじないをかけてあげるから

「茜君、起きて」

 声がして目を開けると、波瑠が俺を覗き込んでいた。

「もう朝になっちゃったよ。二人とも、よく寝たね」

 そう言って照れたように笑う。そして立ち上がると、河川敷を上っていった。

「さて、そろそろ帰らないと。帰り道はどっちかな?」

 眩しそうに日光を手で遮る。朝陽に照らされた彼女の横顔はとても綺麗だった。その彼女に近づきたくて、俺は体を起こす。


 その時、突然やってきた自転車に彼女ははねられた。




「茜君、起きて」

 その声に俺は飛び起きた。冷汗が背中を伝う。

 目の前の波瑠は驚いたように目を丸く見開いた後、優しく微笑んだ。

「もう朝になっちゃったよ。二人とも、よく寝たね」

 そう言って、さっき見たのと同じように照れて笑った。そして立ち上がると、河川敷を上っていく。


 心臓がバクバクと早鐘をうつ。


「さて、そろそろ帰らないと。帰り道はどっちかな?」

 眩しそうに日光を手で遮る。俺は必死になって、波瑠の背中を追いかけた。

「波瑠……!」

「え?」


 振り向いた彼女の腕を強引に引っ張って、バランスの崩れた体を全身で受け止める。目の前を自転車が通り過ぎていった。


「ごめんね、周りが見えてなくって。茜君、大丈夫?」


 呼吸が荒くなって、視界にもやがかかる。俺は馬鹿だ……あんなに気を付けていたのに、波瑠の夢を見てしまった。今回はたまたま回避できたからよかったけど、目の前で波瑠が事故に遭っていたらと思うと怖くて仕方ない。俺のせいで波瑠が……


「茜君!」

 強引に手で顔を持ち上げられる。真っ直ぐな瞳が俺を見つめていた。


「私を見て。今思ってること、全部言って」

 その視線から逃れることは出来ない。ぽつぽつと言葉が出てくる。

「……波瑠の夢を見た。波瑠が自転車にはねられる夢。身近な人の不幸を夢に見るのも、不幸に遭う現実を変えられなかった時も怖い」

「でも、茜君は私を助けてくれたでしょ?」

「今回は運がよかっただけで! もしまた夢を見てしまったら、その時は……!」

「茜君、目、閉じて」

「え……?」

「私が、怖くなくなるおまじないをかけてあげるから」


 そう言われて、俺は目を閉じた。瞼の裏には今朝見た夢の光景が浮かぶ。彼女が自転車にはねられるのを、俺はなすすべもなく見つめていた。波瑠が傷つく未来なんてもう二度と見たくない。


 その時、額に柔らかな感触があった。キスされた、と理解するのに数秒かかった。


 目を開けると、波瑠は満足そうに笑っていた。

「ほら、もう私のことで頭がいっぱいになったでしょ。唇にするのは本当に好きな人のために取っておいてあげるね」

 波瑠に触れられた場所からむず痒いような感覚が体に広がる。初めての刺激に体が熱くなった。


「もし怖い思いに押しつぶされそうになったら、このキスを思い出してよ……私もそうするから」

 そう言うと、波瑠は俺から一歩距離を取った。

「それじゃあ、本当にもう帰らないと。また連絡するね」

「……ああ、俺も連絡する」

「ふふっ、じゃあ楽しみにしてる。またね」

 波瑠は笑顔を見せて、その場を去った。

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