第14話 ちょっとくすぐったいんだね

 ハルが俺にネックレスを見せた公園の手前のあの場所から、今日の道順を二人でなぞって歩く。ネックレス一本なんて、茂みや池に入っていたらきっと見つけられない。そう思ってはいるけど、探さずにはいられなかった。


「見つからなかったね……」

「そうだな……」


 俺達は橋の手すりに寄りかかってため息をついた。動物園も広場もくまなく探したけど、結局見つけることは出来なかった。


「うん、まあ、仕方ないよね。あのお店に行けばきっと同じものが売ってるだろうし」

 ハルは無理に明るい声を出した。そのことに胸が痛む。でも今はこの雰囲気に乗ってあげるのが最適手なんだろうか。

「ああ、俺がいくつでも買ってやるよ」

「わぁ、レイ君お金持ち。でもさ、もしこれがおとぎ話だったら、この池の鯉が『あなたが落としたのはこの金のネックレスですか。銀のネックレスですか。それとも普通のネックレスですか』って出てきてくれるんだろうなぁ」

 ハルは真下の池を優雅に泳ぐ錦鯉を見て言った。俺もつられて見下ろす。


「ふっ……いや、鯉は喋らないだろ」

「おとぎ話にリアルを求めるのはナンセンスじゃないですか?」

「それは確かにそう……」 


 その時、視界の端に光を反射する何かを見つけた。


「ああ!」

「え? なに、鯉?」


 手すりの向こう側、橋の床板のぎりぎりのところにあのネックレスがかろうじて引っ掛かっていた。

 ハルも俺の視線をたどって気づいたのか、ネックレスを指さした。


「あ、ああ!?」


 俺はその場にしゃがみ込んで、手すりの隙間から手を伸ばした。つかみ損ねて池に落としでもしたら……それだけは絶対に避けたい。

 慎重にネックレスに触れ、ぎゅっと掴んで拾い上げた。そしてハルの方を向く。


「見つかってよかった、な……!?」

 ハルは目元を潤ませてこっちを見つめていた。俺の手からネックレスを受け取って、大事そうに胸に抱く。


「本当に……見つかってよかった……ありがとう……もう失くさないように、ちゃんとしまっておくから……」


 そんなにこのネックレスはハルにとって大切だったのか。それならなおのこと、見つけられてよかった。

 ハルが落ち着くまで、黙って鯉を眺めていた。




「レイ君のおかげでネックレスも見つかったことだし、名残惜しいけどそろそろお別れの時間かな」

 しばらくして、ハルはそう言った。

「分かった」


 俺は財布から取り出した百円玉をハルに渡した。


「うん。確かに」

 ハルはニッと笑った。

「じゃあまたね、レイ君」


 ここで別れたら、もうきっとハルに会うことなんてできない。本当の名前も事情も知らないからこそ気兼ねなく隣にいられるはずなのに、そのせいでこれ以上の関係にはなれない。


「また、なんてないだろ」

 思いがけなく出た言葉は、棘を含んでいた。でも、止めることが出来ない。


「お互いのことを何も知らないのに、また会えるわけがない。今日の偶然が奇跡みたいなもので……」

「ああ、レイ君はまた私と会いたいって思ってくれてるんだね? 嬉しいなぁ」

 ハルは余裕そうに微笑んだ。言わずに隠しておいたところを突かれて居心地が悪くなる。


「そういうわけじゃ……俺は確率の話をしてるだけで」

「うんうん。それじゃあ私がレイ君に会いたいから、連絡先、交換しよっか。レイ君、手出して」

 そう言われて遠慮がちに手を出すと、ハルがそっと手を取った。そしてバッグから取り出したボールペンで、俺の手の平に数字を書く。


「ごめんね。私、電話番号しか持ってないんだ。いつでも電話に出られるわけじゃないんだけど、掛けてくれたら嬉しいな」

 柔らかい手の感覚に意識が取られてしまう。この妙にむず痒い空気から逃げたいくらいなのに、ずっと続けばいいとも思った。

 書き終わると、今度は俺に手を差し出す。

「今度はレイ君の番号を教えてよ。電話番号を聞くのはルール違反かな?」

 俺はハルの手を取って番号を書いた。

「ふふっ、ちょっとくすぐったいんだね」

 ハルはそう言っておかしそうに笑った。

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