第13話 この良さを知らないなんてもったいないね

 園内を一周して、俺達は出口へ向かった。進む先から、がやがやとした声が聞こえる。

 動物園の正門を出ると、広場にキッチンカーが止まっていて、そこに数人が並んでいた。

「レイ君、クレープ屋さんだって! 一緒に食べようよ」

 そう言ってキラキラした目で俺を見つめるハル。何を食べても味なんて感じないけど、それを説明して困らせたくはなかった。

「……分かった」


 俺はチョコバナナ、ハルはハムサラダクレープを注文した。商品を受け取ってベンチに腰掛ける。ハルは嬉しそうにクレープを頬張った。


「んー、美味しい!」

「甘くないクレープって邪道じゃないか?」

「ノンノン、分かってないなぁレイ君は。この甘じょっぱいがいいんじゃん。この良さを知らないなんてもったいないね」

 そう言うと、俺に食べかけのクレープを差し出した。


「ん」

「え?」

「食べる?」

「いや、いい……」

 この誘いはきっと罠だろ。まだ二回しか会ったことない男に食べかけのクレープなんて普通渡すか?


「ええ、つれないなぁ。というか、私が一口上げるからレイ君のも一口もらう作戦だったんだけどな」

「結局こっちも食べたいんじゃないかよ」

「えへへ、まあね」

 俺はハルにクレープを差し出した。

「ほら」

 ハルは食べようと身を乗り出して、途中でやめた。

「あれ、レイ君まだ一口も食べてないじゃん。最初の一口をもらうのは何か悪いよ」

 なんだその遠慮かよく分からない心情は。


「いや、別に……」

「ほら、食べて食べて」

 ハルに見られていると思うと無駄に緊張する。せめて不味そうな顔に見えなければいい。俺は一口齧った。


「……美味い」


 バナナの甘さ、チョコの濃厚さ、生地のバター風味。ずっと忘れていた味が鮮明に感じられる。


「うんうん、そうだよね! それじゃあ、遠慮なく」

 そう言って俺のクレープに噛みつく。

「んんー、やっぱりチョコバナナもいいよね!」

 能天気そうに笑う顔。何かを食べて美味しいと感じられることが俺にとってどれだけすごい事かなんて、君に分かるはずがない。でもそれでいい。

「ありがとう、レイ君」

「……ああ」

 今日は自分が普通の人間になったような気がした。




 クレープを食べ終わると、ハルは立ち上がって大きく伸びをした。

「んー……はぁー、満足満足、ってあれ!?」

「ん? どうした?」

 俺の方を向いたハルは真っ青な顔で首元を押さえた。


「ネックレスが……ない」


 そう言われて首元を確認すると、確かにあのシルバーネックレスがなくなっていた。

「どうしよう……せっかく一緒に選んだのに……」

 ハルは肩を落とした。俺はベンチから立ち上がって、そのしょんぼりとした肩に手を置く。

「分かったから、探しに行くぞ」

「え……いいの?」

 ためらいがちに俺を見上げた。

「あれは俺が選んだネックレスでもあるからな」

「……素直じゃないなぁ。でも、ありがと」

 そう言って笑って見せた。

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