第17話
「正直思ったよりも面白かったんだけど」
「あはは。うん。ちょっと意外だったよ」
「絶対タイトルで損してるよな」
映画を見終えた二人は、上の階にあるフードエリアに足を運んだ。
昼時ということもあり、どの店も行列が出来ていたが、その中でも比較的安価なオムライス専門店に入店。二人が見た映画と同じように、あまり人は入っていなかった。
「この世界の先端で愛は叫ばない、って冷静に意味分かんないよね」
「だよな! 蓋開けてみるとめっちゃ純愛だったし」
「原作に忠実だったし、すごく好感持てた」
「右に同じくだな」
運ばれてきたオムライスを頬張りながら、二人は思ったことを思うがままに紡ぐ。そこには感情に振り回されるいつもの彼女はいなかった。
「恋愛モノも面白いと思うけどな」
「まあ……ああいう純愛系なら全然良いんだけど」
「あんまり深く聞いたことなかったけど、どうして苦手なの? 面倒くさそう意外で」
「うーん……」
めぐみが問いかけると、蛍は苦笑いしながら考える。すぐに答えは出てこなかったが、彼女はオムライスを口に運びながら悠々と待っていた。
「正直、自分でもよく分からなくてさ」
「何それ」
「現実に起きたら面倒だっていうのは直感的に思うんだけど、それ以上のことはあんまり考えたことなかったな」
蛍は淡々と答える。その言葉に嘘偽りはない。だから彼女も素直に受け止めるしかできなかった。
「絶対意味があるはずだよ」
「どうした急に」
「人の感情の根源には必ず理由がある。例えそれが感性の問題であっても」
「お、おう」
急に哲学者のような発言をするめぐみを見て、彼が適当にうなずくしか出来なかった。ソレを見た彼女は、呆れたように鼻で笑う。どこか嬉しそうに。
「原作に書いてあったよ。覚えてない?」
「そうだったっけ。そんな哲学チックな言葉あったか?」
「あったよ。眠気と戦いながら読んでたのかもね」
「まあ否定はしない」
前日の夜にラストスパートで読破したこともあり、細かい描写までは記憶できていなかった。だとすれば、ひょうきんなタイトルから想像できない中々読み応えのある作品である。
「眠くなかった?」
「いや全然。面白かったからな」
「そっか」
めぐみなりの気遣いであった。彼が気にしていないとは言え、相当無理をさせたのも事実としてある。話が面白くなければ、睡魔に負けても不思議ではない。
彼よりも早く食べ進めていることに気づいた彼女は、水を一口飲んでワザとペースを落とした。
「あの子には悪いことしたかな」
ふと彼女が言葉を漏らした。蛍は口に含んだオムライスをゆっくり咀嚼していたが、少し早めに飲み込んでめぐみの目を見る。
「いやいや、かえって悪かったな。気を遣わせて」
「別に気は遣ってないよ。ただ仲良さそうだなって」
「まあ……昔は良く遊んでたけど」
「今は連絡取り合ってないの?」
「さっき10年ぶりの再会だったよ。それまで連絡は全く取ってなかったし」
「へぇ」
なら本当に偶然か、とめぐみは考える。
と言うのも、偶然にフードエリアで出会うのはまだ理解できる。問題はその後。座席が彼の隣だというのが不可解だった。あれほどまでに周囲が空いていたのに、どうしてあの席に来たのだろうか。一人で来ていたのに、座席表を見て誰かの隣を選択するのだろうか。もしかして彼女は、全てを把握した上で――。思考は巡り巡る。
「すごく元気そうな子だったね」
「そうだな。昔からあんな感じだったぞ」
「でもああいう子の方が怖いから気をつけてね」
「何にだよ」
「色々だよ」
いずれにしても、めぐみは嫌な予感がしていた。紅林梓紗という人間のことは、少なくとも彼の方が知っている。めぐみは今日初めて会ったばかりで、会話という会話はできていない。
それでも、梓紗には妙に不気味さを感じてしまった。黒澤芙実とはまた違った何かを。そのことに蛍は気づいているように見えなかった。
だからか、彼はめぐみの発言を素直に受け止めることが出来なかった。蛍の脳内にいるのは、かつて自身と仲良くしていた幼馴染としての姿。背も伸びて少しだけ大人っぽくなった彼女は、紛れもなく彼の知る紅林梓紗であったから。
めぐみが改めて店内を見渡しても、昼時とは思えないほどゆとりがあった。残ったオムライスを口に運ぶと、蛍が口を開いた。
「そういや料理部の件なんだけどさ」
咀嚼をしていたこともあり、相づちは頷いて示す。
「マジで掛け持ち認められたわ。この学校だいぶ緩いぞ」
「大した理由もないのに。先生たちもテキトーだね」
「まあ比重は文芸部最優先だから良いけどさ。まあなんとかするよ」
「来ない日は連絡して。鍵閉める時間もあるし」
「はいはい」
黒澤芙実のせいで余計な仕事が蛍に降りかかってきたのは事実だが、こうして二人で映画を見ることができるきっかけになったのもまた事実だ。
しかしそれも、紅林梓紗の登場のせいでややこしくなった。めぐみが最初から想定していたほどの愉快さはなく、彼に責任を取ってもらう気満々であった。
「オムライスってこんなに美味しいんだね」
「それ、黒澤の前では絶対に言うなよ。本気だからな?」
「分かってるって。でも船島君だってそう思うでしょ?」
「同意は求めなくてオーケーです」
「つまりは肯定ってことね」
二人は顔を見合って笑う。ついこの間のことなのに、すっかり笑いの種に昇華していた。鬼のようにマズかったあのオムライス。黒澤芙実と栗野めぐみの衝突。船島蛍の料理部入部。すべてマイナス方向に進んでいると思われがちだが、彼らなりに考え、前向きに捉えようとしている。
蛍が食べきったのを確認しためぐみは、少し残っていたソレに手を付ける。先ほどから気を遣っているわけではない。ただがっついて見られるよりはいくらかマシだろう、と考えていた。
「あ、さっきのお金払うね」
飲み物とポップコーン代は、買い出しに出た蛍が払っていた。それを思い出しためぐみが財布を取り出すと、彼はそれを制止した。
「いや良いよ。何か色々迷惑かけたし、奢らせて」
「それは悪いって。だってパンだってくれたし……」
「良いって良いって。夏休みになったらバイトして稼ぐつもりだからさ。今日は素直に受け取ってほしい」
「……うーん」
めぐみはさすがに気が引けた。昼休みにパンをもらい、彼の優しさに触れることができた。しかしその副作用的な何かが発動し、黒澤芙実に巻き込まれた背景もある。
しかし、その逆境を跳ね返す思考を持ち合わせているのが彼女である。
「それなら、ここは私がご馳走する」
「えっ!? それは申し訳ないって」
「なら私もポップコーン代払うし、ここも割り勘する」
「いやそれは……」
彼女の提案に対し、蛍は渋い表情を浮かべる。近年の奢り奢られ論争にケリを付ける勢いの提案。結局のところは相手への思いやり次第、というのを体現した会話であった。
「……じゃあさ」
そんな彼を見て、めぐみは再度口を開いた。
「また面白そうな映画があったら一緒に行こう。もちろん割り勘で。それなら今日は引き下がる」
「……分かったよ。じゃあここは割り勘な?」
「ここは私が払うの。絶対に譲らないから」
その断固な決意に、ようやく彼も折れた。頷いて了承すると、めぐみの表情が明るくなる。これまで2度も奢られているのだ。そこまでしないと気が済まなかった。
そのまま席を立って会計を済ませる。店を出ると、映画館からエスカレーターで上ってくる家族連れが目に入った。
「明日、気をつけて」
「えっ、あ、あぁ。近所の本屋行くだけだけどな」
そういう意味じゃないんだよ――。めぐみは喉から出かかった言葉を飲み込んだ。今は彼と二人の時間に
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