2nd 3人目、4人目

第13話


 船島蛍の料理部入部が決まり、栗野めぐみは気の抜けた体で帰宅する。入部手続きだなんだ、とやり取りしていた黒澤芙実の顔は、からすっかり元の美少女に戻っていた。

 何のつもり? あの女。どうして船島君にこだわるの? もしかして彼のこと――。めぐみの思考はどんどん悪い方に傾いていく。自宅のドアの鍵を回すと、ガタンとこばまれる。イラつきながら再び鍵を入れ、ドアを開けると玄関には自身と同じぐらいの靴があった。そのままリビングに向かうと、配信サービス専用の恋愛バラエティーショーを見ているまおみがいた。


「あ、おかえり。どうしたのそんな顔して」

「鍵閉めてよ。不用心すぎ」

「ごめんごめん。忘れてた」

「またお父さんに怒られるよ」


 その両親は相変わらず仕事で不在。二人のどちらかが告白しない限り、この事実が伝わることはないのだが。

 めぐみはキッチンにある冷蔵庫からお茶を取り出して、子どもの頃から使っているコップに注ぐ。


「お姉ちゃんー私にもちょうだーい」


 まおみの力ない言葉が響く。キッチンから彼女を覗くと、ソファにだらりと背中を預け、ボリボリとスナック菓子を頬張っている。めぐみはそんなみっともない妹の姿に呆れるが、気分的にため息も出なかった。


「自分で取りに来て」

「はーい」


 普段と比べてやけに物分かりの良い返事であった。キッチンに入ってきたまおみに、めぐみは問いかける。


「随分と素直ね」

「今のお姉ちゃん怒らせるとヤバいし」

「もう怒ってるけど」

「ふふーん。それは私にじゃないでしょ?」


 自慢気に言って見せる。まおみの態度は、完全に姉の扱い方を理解しているものだった。注がれたお茶にその場で口づけ、めぐみよりも先に飲み干した。


「今日は何があったの? フナジマ君と」


 相変わらず決めつけた言い方だった。ただそこに揶揄からかいの感情はなく、まおみなりに真剣に問いかけていた。


「どんなことがあったと思う?」

「今にも人をいたぶりたくなるようなこと」

「まあ大袈裟だけど正解」


 めぐみもお茶を飲み干す。キッチンを出て制服姿のままソファに体を預ける。スカートがめくり上がって下着が見えそうになっても、今のめぐみはどうでも良かった。テーブルの上にあったまおみが食べているスナック菓子に手を伸ばすと、ほとんど無くなっていて指が泳いだ。


「めっちゃ食べてるじゃん。ヤバすぎ」

「別に普通だしー。てか話逸らさないでよ」

「はいはい」


 まおみもソファに沈む。二人の視線は大画面テレビに向かっているが、意識は互いの方を向いている。画面の向こうでは、綺麗な顔をした俳優がギャルギャルしい女子高生と仲良く話している。その様子すらムカついためぐみは、おもむろに口を開いた。


「船島君が色々あって料理部に入部した」

「急展開すぎないそれ」

「私もどこから話せば良いか困ってる」


 蛍の前では平静を装っているつもりのめぐみだが、彼女は彼女なりに頭がパンク寸前であった。学校で仲良く話せる友達もおらず、ただ文芸部の活動時間のために登校しているようなもの。

 そんな彼女が唯一相談できるのは、妹のまおみだった。血の繋がった姉妹でありながらも、どこか友達っぽく話ができる。めぐみは事の発端から冷静かつ丁寧に説明する。話を聞き終えたまおみは、少し考えた。


「そうなったきっかけは完全にお姉ちゃんだよね」

「まあ……うん」

「でもその……ヤクザ黒澤芙実? に一本取られたって感じだね」


 めぐみにとって、黒澤芙実はヤクザそのものであった。彼の弱みにつけこんで、自身に都合良く利用するまさに裏社会の人間のやり口。ヤクザと説明されたまおみも苦笑いするしかなかった。


「そのヤクザ、フナジマ君のこと好きなのかな?」

「やり方を考えればそう見えるけど」

「でもお姉ちゃんに対する当てつけかもしれないよね」

「私がマズイって言ったから?」

「うん。てか普通に聞いてたけど、ハッキリ言えるその胆力ヤバいね」

「船島君にも言われた」


 当てつけという表現はみょうだった。確かに黒澤芙実のあのを考えると、そう考える方が自然かもしれない――。めぐみは考える。そして、自身とは決して交わることのないタイプだと。


「でもその子って男子から人気なんだよね?」

「見た目綺麗だし、の性格は良いからね。悔しいけど頭も良いし」

「そういう人がフナジマ君に惚れるのかなぁ」


 まおみの言葉は嫌味でもなんでもなく、純粋な疑問だった。めぐみが聞き返すと、彼女は付け足すように話し始めた。


「いやほら、そういう人って大抵はカースト上位の人と付き合うイメージあるじゃん?」

「否定はしないけど」

「フナジマ君は最上位ってタイプに見えないし、恋愛対象として見る感じには思えないんだ」

「でも彼だって人気な方だと思う」

「確かに顔も整ってるし、背も高いし。だけどサッカー部のイケメン! みたいなタイプとは違うでしょ?」

「あんた、ウチの学校じゃないのに何でそこまで知ってるのよ」

「横のつながりってヤツよぉ」


 彼女は姉にも負けないほどの胸を張って言う。めぐみからすれば盲点だった。まおみ自身は藤ノ宮高校に通っていないが、彼女の同級生が居ても仕方がない。下手な行動をすれば筒抜けである、と再認識した。


「お姉ちゃんも本気出せばモテるのに。私みたいに」

「あんまり言わない方が良いよ。そういうのって」

「だってモテるから仕方ないんだもーん」


 この姉妹、妹のまおみの方が恋愛経験は豊富であった。と言っても、単に告白された回数という意味。彼女は彼女で恋愛自体を達観している部分があった。そう言う意味では、めぐみは心を寄せる蛍に似ていた。


「何かいい話ないの? お姉ちゃん裏アカ消しちゃうし、情報収集できなくて」

「それは残念だったね。そもそもあんたのミスだし」

「くそー。失敗した」


 その時は1時間ほど船島蛍の話を聞かされたこともあり、怒りの感情に任せて打ち明けた背景がある。まおみは今になって後悔するが、もう戻ってくることはない。


「で、何かいい話は?」

「……まあ無いこともないけど」

「本当!? もったいぶらないで聞かせてよぉ」


 まおみは甘い声で懇願する。これを見せられた男子は確かにオチる――。めぐみもそう思わざるを得ない破壊力があった。要はただの『ぶりっ子』という話なのだが。


「船島君と映画に行くことになった」


 めぐみが告白すると、まおみは時間が止まったように静止した。そして――。


「えぇぇっ!? ちょ、本当に!? それこそ急展開じゃん!」


 まるで宝くじにでも当たったかのように驚く。隣の部屋まで聞こえるぐらいの音量で、時間が時間だったらクレームになっていただろう。めぐみも思わず両手で耳を塞いで、彼女が少し落ち着くのを待った。


「驚きすぎだって……」

「だってそれ、デートじゃん! やば! どうやって誘ったの!?」

「べ、別にそういうんじゃ……」


 言葉では否定する。まおみに揶揄われる可能性があるためだ。しかしその本心は。

 やっぱりそうよね!? これってデートだよね!? まおみが言うならそうよね!?――。このように浮かれに浮かれていた。それをここまで平然と隠し通せるのだから、俳優にでもなれるぐらいの演技力である。


「何見るの!? ねぇ計画しようよ!」

「はぁ? なんであんたが乗り気なわけ……?」

「だってあのお姉ちゃんがデートだよ? 張り切らないわけないじゃん!」

「ちょっと、着いてくるとかやめてよ?」

「むふふーどうしようかなぁ」


 週末まで残りわずか。

 栗野姉妹が動く。船島蛍をオトすために。

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