第11皿 いまから、せんぱいのこと『おもちかえり』しても、いいですか……?

「これ、は……」



(ゆっくりと、味わうように食む咀嚼音)


「コリコリした触感が楽しくて」


「お酒と一緒に食べると抜群に美味しい……」




「…………ハツ、です」




「…………」


「先輩、どうしてこれを……? あっ!」



(先輩、ネムを抱き寄せて自分の胸に押し当てる。ドクンドクンという心臓の音)



「先輩の、心臓の音…… はやい……」


「もしかして、先輩も、同じ……?」


「先輩と私が始めて出会った、あの日の思い出を大切に思ってくれていること」


「そして」


「私のことを想う気持ちも、お、おんなじ……?」


「それ、それ、さっきの告白の、答えってことですよね? つまり……」


「先輩も、私のことが、すき……?」


「…………」




「きゃ~~~~~~~~!!!!」




(バタバタと床を叩く音)


「どうしよう! ほ、本当に!? せんぱいが私のことを、す、す、好きだなんて夢みたい……!」



(先輩の手をぎゅうっと握り締める音)



「私ね。始めて会ったあの日に、先輩に一目惚れしちゃって」


「先輩とお近づきになりたくて翌日、すぐにバイト面接受けに行って」


「なるべく先輩とシフト合わせるようにしたり」


「バイト中もずっと先輩のこと、目で追ってしまって」


「先輩と喋りたくて、頼まれてもいないオーダーをキッチンに通したり」


「先輩がまかないを食べるのに使ったお箸をこっそり持って帰ったり…… あっ!」


「やだ、私ったら! ごめんなさい、今のはナシで!」


「コホン。とにかく、ずっと、ずーっと、先輩のこと、思い続けて来たんです」



「先輩」



(トンと先輩の肩に頭を置く音。声が近づく)



「先輩はこれから社会人になって、新しい出会いがいっぱいあると思います」


「職場には素敵で大人な女性も沢山いて」


「先輩はすっごくかっこいいから、きっと言い寄られちゃったりして」


「もしかしたら、すっごくお似合いの人と運命の出会いをして…… ゴール、しちゃうのかなって思ったら」


「胸がずっと、モヤモヤして、苦しいんです」



(ぎゅっと胸を抑える音)



「…………先輩を、誰にも取られたくない」


「だから、先輩。私と―—」



「けけけ結婚を前提に! おおおお付き合いしてくださいっ!」



(沈黙。雨脚が弱まり、暗闇の中、しとしとと優しい音が響く)


(先輩、ネムに握られた手を放す。ネムの手にスルッと冷たい感触)



「ひゃっ!? な、なにか冷たいものが……! せんぱ…… きゃっ!」



(パチン、という機械音。停電が復旧して店内に明かりが戻る)



「まぶしっ! 目がチカチカする。先輩は大丈夫…… え!?」


(ネム、動揺してガタタッとテーブルにぶつかる音)


「先輩、どうしてそんな恰好、してるんですか……!?」


「だって、だって、それ……」


「うちの焼肉店の、店長用の制服じゃないですか」


「え? え? ってことは、もしかして。先輩の就職先って……」



「このお店!? 来月から来る新店長って、先輩のことだったんですか!?」



「ええええ~~~~~~~!?」



「あれ、じゃあちょっと待って。先輩が言っていた『就職先に好きな人がいる』っていうのは、もしかして」


「わ、私のことだったんですか!? 嬉しい~~♡ けど、なんか翻弄されてくやしい~~!!」


「なんでもっと早く教えてくれなかったんですか! 私がどれほどショックだったことか」


「え? 入社当日にサプライズで驚かせようと思ってた? もう、先輩ったら可愛いんだから。許します♡ 好き♡ ちゅっ」


「他にもサプライズが? 右手を見てみろって?」



「……これは指輪? いつの間に……? あっ」


「もしかして、これって」


「…………プロポーズ、ですか?」



「…………」




「きゃ~~~~~~~~~~~~~!!!」




「嬉しい、どうしよう……! 嬉しくて死んじゃいそうです……っ グスッ」



「先輩……」



(ギュッと先輩に抱きつく音。耳元に熱い息がかかる)



「目を閉じて貰っても、いいですか……?」



「…………んっ」



(唇を重ね、混じり合う呼吸の音。ちゅっと唇を離す音)



「せんぱい、だいすき………… んんっ」



(先ほどより強く、深く、唇を重ね想いを確かめ合う。荒い呼吸の音)



「…………ハァッ、せんぱい…… いまから、せんぱいのこと『おもちかえり』しても、いいですか……?」



「……やだもう、せんぱいったら。そっちじゃないです。私の家のほう、です」


「はい、ちょっとここから遠いですけど。パパに乗せて貰えれば、割とすぐです、実家いせかいは」


「どうしたんですか? あ、パパが気になってるんですね? 大丈夫、ちょっと顔が怖くて炎を吐くけど、先輩ならすぐに打ち解けて…… え、違う?」


「ああ、異世界の方ですか。はい、そうですよ! 私と一緒に異世界に戻って、憧れの教会で、きょ、挙式を……」


「え、異世界興味ないから無理? わかりますよ、結婚式は緊張しますよね、でも、ん? ちょっと待って『無理』?」




「え~~~~~~~~~!!??」

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