第8皿 先輩と一緒にいると、私のココ、ずっと、こんなになっちゃうんです
(スタスタと歩く足音、ガタンと椅子に座る音)
「突然いなくなってすみません! おトイレ行きたくなっちゃって…… えへへ」
(コホンと咳払いする音)
「じゃあお肉の当て合いっこゲーム、再開でーす!」
「さてさて、次はちょっと難易度を上げていきますよ。出題されたお肉が何か答える時に、そのお肉にまつわる私と先輩のエピソードも一緒にお答えください!」
「例えば、お肉の答えがカルビだったとすると……」
「先月、私が発注ミスして大量に入荷しちゃったカルビを」
「先輩が気転を利かせて、カルビ大安売りフェアを実施してくれたおかげで、なんとか傷む前に消化できた! とかですね」
「…………」
「……その節は大変、申し訳ございませんでした……!」
「と、こんな感じで思い出を語ってもらえたら大丈夫です」
「あ、えっと、特に正解とかはなくて…… 私と一緒に過ごした何気ない日々を、どれくらい覚えていてくれているのか、知りたくて」
「……いいですか? ありがとうございます!」
「私、先輩のことだったらなーんでも覚えますからね! ビビっちゃうかもしれませんよ! 覚悟してくださいね!」
「じゃあ、先攻は私から行きますね」
(トングで肉を掴むカチャっという音。網に乗せて焼けるジュウウウという音)
「さて、このお肉はなんでしょうか。エピソードと一緒に、お答えください」
(ブロック状の小さな部位、噛み応えがありそうな赤身が網の上で焼けていく)
「……………………」
(沈黙が続く。店内にはただ肉が焼ける音だけが響く)
「……わからない、ですか? 先輩のことだから、お肉の名前はわかりますよね? それでも答えられないのは……」
「私との思い出を、覚えていないから……」
(先輩は答えない。肉が焼ける音だけが響き、香ばしいかおりが立ち上る)
「…………ぶっぶっぶー! 時間切れでーす! はい、先輩の負けー!」
「ということで! 先輩には恐怖の罰ゲーム! を受けてもらいますっ」
「難しかったでしょう? お肉にまつわるエピソードなんて、そうそう覚えてないですもんね。だって私たち、ただの先輩と後輩…… だし……」
「…………ぐすっ」
「え!? ああいやこれは、目に煙が入って、涙がでちゃっただけですっ! そういうところばっかりよく見てるんだから」
「先輩の…… バカ……」
「…………」
(網の上の肉を掴んで、手に持った皿に置き、カタンとテーブルに置く音)
「…………このお肉は」
「先輩と初めて会った時に食べた、思い出のお肉です」
「覚えてますか? 私、元々このお店に食べに来た客で」
「ゼミの新歓コンパで盛り上がってたら、隣の席のおじさんにすっごい怒られて。謝罪しろよって脅されて、それで……」
「お尻とか…… 触られてっ…… 誰も助けてくれなくて、辛くて泣いてしまいそうだった時に」
「店員だった先輩が、助けに入ってくれて。そのおじさんをお店から追い出してくれたんです」
「その後、先輩。私にすごい謝ってくれましたよね。怖い思いをさせてごめんねって。先輩はなんにも悪くないのに」
「それでね。先輩はこっそり、このお肉を私の前に置いてくれたんです。怖がらせちゃった、お詫びだよって」
(カチャっと皿の肉を箸で掴む音)
「このお肉は『ハツ』です」
「コリコリした触感が楽しくて、お酒と一緒に食べると抜群に美味しい……」
「あの時、食べたハツがとっても美味しくて。おじさんから助けてくれた先輩の顔が忘れられなくて」
「だから私、このお店でバイトすることに決めたんです」
「そう。これは私の、思い出の味——」
(掴んだハツを半ば強引に先輩の口にねじ込む。うぐっという先輩の声)
「…………先輩。ハツが、どこの部位か…… わかりますか……?」
(ガララッと椅子を引き、先輩の腕を引き寄せる)
「ここ…… です」
(先輩の手を、むぎゅりと自分の左胸に押し当てる。先輩の耳元で)
「そう、『ハツ』は心臓…… 先輩。私の心臓の音、聞こえますか?」
(ドックン、ドックンと早鐘を打つ心臓の音)
「……わかり、ますか? 先輩と一緒にいると、私の心臓、ずっと、こんななんです」
「……せんぱい」
(ハァッと頬にかかる熱い息の音)
「あの日、始めて会った時から、優しくて頼もしい先輩のことが、大好きでした」
「仕事を教えてくれる時の優しい眼差しも、お肉を捌く大きくて男らしい手も」
「幸せそうにお肉を頬張るお口も、なにもかも」
「先輩の、全てが、好きです」
「先輩には好きな人がいるから。こんなこと言われたら迷惑かもしれないですけど、でも」
「自分の気持ちに、嘘はつけないから」
(目尻から一筋、温かい雫が伝い落ち、ポタリと先輩の手に落ちる)
「先輩、好きです。私と付き合ってください」
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