第3皿 先輩、お口、アーンって開けてもらっても、いいですか……?

「さあ、次はこちらのお肉。国産黒毛和牛ロース300gです。では、どうぞ先輩。ひと思いにやっちゃってください!」


(またカチャリと包丁を握る音)


「板の間に、そのたるんだ肉を露わにして寝転がる黒子は、先輩のアレを受け入れるために、じっとりとその表面を濡らす」


「先輩は黒子に手を添え、アレの挿入を試みるが、脂ぎったその肉があまりにも柔らかくて、上手くいかない」


「そこで先輩は、その猛る雄の指で強引に黒子を押さえつけた」


「身動きの取れない黒子は、身を戦慄かせながら、先輩のアレをただ受け入れることしかできず……」


「脂ぎったその肉体がっ! 先輩のアレによって両断されたっ! アーーーーンッ!!」



「え? 今のはなにかって? だから、肉捌き実況です。今回は黒子、ならぬ黒毛和牛の気持ちを代弁してみました」


「気が散るからやめろ、ですか? ええー、これが楽しいのに。バイトの醍醐味であり、私の癒しなのになぁ……」



(ガタンと椅子を引く音)



「わ、わかりました、やめます! だからもう帰るなんて、言わないでください!」


「しょんもり…… それじゃあ私は、先輩が切ってくれたお肉を焼いていきますね」


(カシャンとコンロに網を置く。カチリとガスをつける音)


「お肉、先輩が食べたいものを切ってください。今日は私の奢りですから」


「大丈夫ですよ、従業員割引で半額になりますし、遠慮しないでください。昨日バイト変わってくれたお礼です」


(網が温まり、ジュウウウと肉が焼け始める音)


「……いい匂い。私、このひと時が大好きなんです」


「お肉の脂が爆ぜる音。立ち上る香ばしい匂い。一体どんな味なのか、柔らかさなのか、想像する」


「お肉が焼けるまでのほんの僅かな時間で、こんなにも満たされた気持ちにしてくれる。焼肉って素敵ですよね」


(ジュワワワと肉の脂が爆ぜる音)


「あ、お肉焼けたみたいですね。それでは先輩、はいどうぞ」


「違いますよ、お皿には置きません。これはこのまま、先輩のお口までアーンです」


「だって言ったじゃないですか。お礼だって。だから、そのっ、今日は私が! 先輩のお箸になります!」


(ネムがカタンと身を乗り出す音)


「と、いうことなので、ほら先輩。お口、アーンって開けてもらっても、いいですか……?」


「……ううっ、そんなこと言わないで…… 私なんかが、先輩にできることってこんなことしかなくて……」


「今日は、勇気を振り絞って、私………… あっ」



(もぐもぐもぐと咀嚼し、呑み込む音)



「お、おいしい、ですか……?」


「よかったぁーー……」


「では、私もいただきます。あむっ。もぐもぐもぐ」


「お、お、お、おいしい~~~~! 赤身のしっかりした歯ごたえとお肉の甘みが、噛めば噛むほど広がって」


「そこに当店特製のコチュジャンだれが、辛みのアクセントで甘みを更に際立たせて……」


「おいしいですぅ~~! ああ、癒されるなぁ……」


「え? 焼肉ですか? もちろん大好きですよ! お肉とっても美味しいし! なにより……」


「私の地元では、こうやって皆で気軽にご飯をつつき合う文化がなくて。すごく新鮮で」


「とっても…… 楽しいです」


「ええ、そうです。私は留学生で、大学の間だけこちらへ。母は日本人なんですけど、父はドラゴ…… あああ、なんでもないです!」


「とにかく、結構文化が違ってて。私は、人と人との距離が近い、この国の食文化がとても好きです!」


(次の肉がジュウウウという焼ける音)


「…………」


「……あ、あの、1つ、聞いてもいいですか?」




「先輩は、異世界に行ってみたいと思ったことは、ありますか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る