第2皿 先輩、は、早く、目を閉じてください
(閉店時間、最後の客が店から出ていく音)
「ありがとうございました! またのお越しをお待ちしておりますー! …………はぁぁぁぁ―—」
「終わったぁぁぁ! 今日、めちゃくちゃ忙しかったですね!」
(ガタンと椅子をひき、客席に座る音)
「ラグビー男子100人が帰ったあと、内閣官房長官が、閣僚30名を引き連れて二次会しにやって来た時は、さすがにもうダメかと思いました……」
「ええ!? そんなことないですよ! 私なんて、ずっとテンパってて、先輩がいなかったらどうにもなりませんでした」
「え? あの時、政治家の方になんて言われたか、ですか? ええっと、専属秘書にならないかって……」
「なっ、なるわけないです! だって、私がなりたいのは先輩の………… あ、えっと、その…… なんでもないですっ! 忘れてください!」
(店長の声)
「あ、はい、店長! 今日は私たち2人が店締めしますので。お疲れ様でした!」
(扉が開き、締まる音)
「ふぅ…… それじゃあ、先輩……」
「約束の『アレ』、してもいいですか……?」
「……わかりました。大丈夫です。私、今日この日に備えてずっと、準備してきたんですから」
「…………」
「ちょっと、先輩! いつまで私を見つめてるんですか。は、早く、目を閉じてください」
(カタンと椅子から立ち上がる音)
「…………まだですよ?」
「………………まだ、です」
「……………………………………」
(耳元に熱い吐息が触れる音)
「いいですよ、目を、開けてください」
「ジャジャー―ン!! 深夜の焼肉フェスティバルです~~!!」
「驚いたでしょう? 先輩、バイト上がりに焼肉食べるの、大好きですもんね。夜更けに脂コッテリの肉と、白飯をガッツリ頂くギルティさ……」
「この業を好んで背負いに行く先輩は、男の中の男です!」
「しかも今日は、な、なーんと! 店長から売れ残った高級肉を頂戴してきたのです!」
(ラップを剥がす音)
「ああ、私たち貧乏学生には永遠に手が届かない、サシがたっぷり入ったトロットロのA5ランク黒毛和牛……」
「これを先輩と二人っきりで食べられるなんて、幸せ過ぎてテールスープになりそう……」
「え? 私が言っていた『アレ』って、まさかこれのことかって?」
「そうですよ! 先輩の大好きなアレ、つまり夜更かし焼肉のことです!」
「私、この日のために念入りに準備してきたんです。そう、先輩と美味しいお肉を食べるために、昨日から丸一日、何も食べてないんですから」
「……あれ? 先輩、何か言いました? 何でもない? ふーん?」
「それじゃあ、早速、焼肉フェスティバルを始めましょう! あ、それで、ですね…… 実は先輩に、お願いしたいことがありまして……」
(カタンと客席の机の上に調理器具を置く音)
「ここでお肉、捌いて貰ってもいいですか……?」
「いやっ、深い意味はなくて! これはほら、ライブ感というか…… 清水の舞台から飛び降りんとする私に勇気を与えて欲しいというか……」
「……いいんですか? ありがとうございます!」
(聞き取れないほど小さな声で)
「……やさしい先輩、だいすき」
「……なんでもないです。じゃあ、まずはこの国産和牛ハラミ300gからお願いします」
(カチャンと包丁を手に持つ音)
「ああ…… 赤く引き締まった肉壁に、先輩のアレが、音もなく滑り込んでいく……」
「優しくも、大胆に。肉壁を傷つけないように、奥まで突き入れたアレを、じっくりとその感触を味わいながら……」
「ひと思いに! 引き抜くッ! ハアァァンッ!」
「え、なんですか? ああ、これは先輩の肉捌き実況です。先輩に握られた包丁の気持ちになって喋ってます」
「なんですか、その目。極めて正常ですよ、私は。焼肉屋でバイトしてる女子大生は、みんなやってます」
「ほら、そんなことより。先輩に捌かれるのを待ってるお肉が、まだまだあるんですから」
「今夜は楽しみましょうね、先輩♪」
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